第19話 夢羽のお礼

 配信が終わり、リビングに戻った俺たち三人は、それぞれ飲み物を片手に一息ついていた。

 部屋にはほのかにコーヒーの香りが漂い、さっきまでの熱気とは違って落ち着いた空気が流れている。


 夢羽はまだ余韻が残っているのか、杖のような日傘を手に取り、ふと立ち上がると得意げにポーズを決めてみせる。


「ふふ、どう? 私の魔法少女っぷり、今日も輝いていたでしょ?」


 その姿に紺はクスクスと笑いながら、優しい声をかけた。


「夢羽さん、やっぱり魔法少女って感じがすごく似合いますね♪」

「でしょう? これもみんなの応援があってこそだけどね」


 二人のやり取りを眺めながら、俺はソファに深く腰を沈めた。

 緊張感の抜けたこの時間が、何よりもありがたかった。


「今日はありがとね、コンちゃん。そしてシューチさんも」


 突然、夢羽が少し真剣な声色で口を開いた。


「いや、大したことはしてないよ。紺の方が頑張ってたしな」


 俺が軽く肩をすくめると、夢羽は首を横に振りながら言葉を続ける。


「そんなことないわ。二人がいてくれたからこそ、今日は本当に盛り上がったのよ」


 その真剣な言葉に、紺も小さく頷いて微笑んだ。


「実は……私、登録者数が2000人にも満たない弱小配信者なのよ」


 夢羽が少し照れくさそうにそう告白すると、紺が驚いたように目を丸くする。


「えっ、そんなに少ないんですか? でも、収益化してるんですよね?」

「そう。収益化できてるだけでもありがたいけど、個人勢だから毎回ギリギリなのよね」


 夢羽の言葉に、俺も軽く首を傾げた。


「へぇ、個人勢でそれならすごいじゃないか。俺なんて収益化とか考えたこともないぞ」


 俺の言葉に、夢羽は苦笑しながら続けた。


「ありがとう。でもね、配信のコメント欄とか見たでしょ? あれ、意外と賑やかだったでしょう?」

「ああ。何だかんだで盛り上がってたな。視聴者が楽しそうだった」


 俺が頷くと、夢羽は少し嬉しそうに微笑んだ。


「それはね、熱いファンがいてくれるおかげなの。私みたいな弱小配信者でも、支えてくれる人たちがいるのよ」

「熱いファン……なるほどな。どんなジャンルでもコアなファンがいるもんなんだな」


 俺が感心して言葉を漏らすと、夢羽は鞄からいくつかの小包を取り出してテーブルに並べた。

 小包には可愛らしいリボンがかけられていて、中には手書きの手紙や、夢羽の配信テーマに合わせたグッズが入っている。


「ほら、これ。魔法少女の配信を始めてから届いたものなのよ。みんな私にプレゼントを贈ってくれるの」

「へぇ……本当にファンに愛されてるんだな」


 俺が手紙を手に取って中を覗き込むと、そこには丁寧な文字で夢羽への応援のメッセージが綴られていた。

 紺も興味津々にその小包を眺めている。


 すると、紺がふと俺を見て、少し意地悪そうに笑った。


「シューチさんも、こういう風に夢羽さんにプレゼントを贈ったりしてるんじゃないですか~?」

「いやいや、俺が何を贈るんだよ」


 俺が即座に否定すると、紺は「冗談ですよ~」と笑いながら手を振る。


「でも、シューチさんってそういうところあるんですよね。気が利くっていうか、サポートしたくなる人?」

「俺をどう評価してるんだお前は……」

「ほら、今日だって夢羽さんの配信を手伝ってくれたじゃないですか」


 紺がにっこりと笑いかけると、夢羽もその話に乗ってきた。


「そうよ。シューチさん、今日は本当にありがとう。あなたみたいな人がいると安心感があるわ」

「いや、そんな大したことしてないから。それに、紺がいなきゃそもそも俺は動いてないし」


 俺が謙遜すると、紺は「えへへ」と嬉しそうに笑った。


「それでも、夢羽さんにはすごく良い刺激になったと思いますよね?」

「確かに、配信がこれほど盛り上がったのは久しぶりかもしれないわ」


 夢羽が手元のグラスをコトリとテーブルに置く音が静かな部屋に響いた。

 真剣な表情で俺たちを見つめる彼女が口を開く。


「今日は本当にありがとう、二人とも。お礼をしたいけど、何がいいかしら……」


 紺が小首をかしげながら微笑む。


「お礼なんて、別にいいですよ。ね、シューチさん?」


 俺も頷いて軽く手を振った。


「ああ、俺たちそんなつもりで手伝ったわけじゃないしな。気にするなって」


 だが、夢羽は眉を少しひそめながら「それじゃ済まないわ」と強く首を振る。


「いやいや、そんな風にさせないわ。今日の配信がこれだけ盛り上がったのは、あなたたちのおかげなんだから」


 真剣な表情の彼女に圧されて、俺も「そうか……」と曖昧に頷くしかなかった。

 すると夢羽が、ふと何かを思いついたようにポンと手を叩くのだ。


「そうだわ、今日、うちでご飯を食べていきなさい?」

「——却下だ」


 その提案に、俺は即座に顔をしかめる。

 夢羽の目が大きく見開かれる。


「どうして? そんなに嫌がることかしら?」


 俺には懸念があった。

 ……そう、この現場で起きたことを思い出す。


「いや、どう考えても危険だろ。お前が何を作るかなんて想像つかないし、変なモノ口にさせられそうで怖いんだよ……」


 俺が力説すると、紺が楽しそうに笑いながら口を挟んだ。


「シューチさん、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ♪ 夢羽さんだってちゃんとしたお料理が作れるはずですし」

「ちゃんとしたお料理? 本当にそう思ってるのか?」


 俺の疑念に、紺は「もちろんです!」と胸を張る。

 そして、夢羽に向かって提案した。


「だったら、私も一緒に作りますよ! それならシューチさんも安心でしょ?」

「おいおい、本当に大丈夫なのかよ……」


 俺の言葉に紺は元気よく頷いた。


「大丈夫です! 私、ちゃんとお料理できますからっ、ね、夢羽さん?♪」

「もちろんよ。私と紺さんがタッグを組めば、きっと最高の料理ができるはずだわ!」


 夢羽の自信満々な言葉に、俺は頭を抱えたくなった。


「お前ら、本当に俺のことを考えてくれてるのか……?」


 紺はそんな俺を気にする様子もなく、ニコニコしながらさらに夢羽に話を振る。


「どんなメニューを作りますか? やっぱり、夢羽さんのキャラに合わせたちょっと不思議な料理とか?」


 夢羽は考え込むように顎に手を当てた。


「そうね……せっかくだから、私の闇の力をテーマにした料理を作りましょうか」

「闇の力……具体的には?」


 紺が楽しそうに聞くと、夢羽は目を輝かせながら語り始めた。


「例えば、真っ黒なスープに、血のように赤いソースをかけて……『暗黒の祝宴』なんてどうかしら?」


 俺は思わず頭を抱えた。


「おい、それ絶対食べ物じゃないだろ……」


 だが紺は全く引く気配がない。


「いいですねっ、面白そう♪ 私も何かアイディアを出してみたいです!」

「だったら、紺さんはデザート担当よ。どうかしら、漆黒のジェラートとか?」

「おお、それ素敵です! でも味は……甘い方がいいですよね?」

「もちろんよ。見た目はダーク、味はスイート。これぞ魔法少女らしいギャップね」


 夢羽と紺が盛り上がる中、俺はソファの隅でそっとため息をついた。


「……俺だけ取り残されてないか?」


 二人はまるで俺の言葉が聞こえなかったかのように、次々とアイディアを出し合う。


「夢羽さん、暗黒スープに紫の霧がかかるような演出はどうですか?」

「素晴らしいわね! ドライアイスを使えば簡単にできそうだわ!」

「じゃあ、私はデザートに赤い果実を飾って……闇と光の調和を表現してみます!」

「いいわね、それでいきましょう!」


 二人が意気投合している様子を見て、俺はようやく観念した。


「……まあ、こうなったら腹をくくるしかないか」


 次に待ち受けるのは、一体どんな料理なのか——その恐怖と期待が入り混じった気持ちを抱えながら、俺は二人の会話をぼんやりと聞いていた。

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最初期から推していたVTuberが俺のことを探し回ってきたらしいが、恩返しされるわけにはいかない れっこちゃん @rekkochan

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