第15話 現金払い

「ごちそうさまでした~♪」

「おう。じゃあ会計してくるわ」


 伝票を持ってレジに向かおうとしたら、紺は止めてきた。


「あ、私にも払わせてください」

「いいんだって、こんな良い店を紹介してくれたんだから」


 そう促すのだが


「いやいや、シューチさんより収入の多い私が払わないと申し訳が立たないです!」

「……」


 ナチュラルに嫌味を言われてしまった。

 え、なんで俺の給料知ってんの? てか紺の収入ってどれくらいなんだ?

 いやダメだダメだ、人の金銭事情を知ろうとするのはいけないことだ。知れば溝が生まれると古今東西より言い伝えられている事ではないか。


「もういい、俺が払う」

「え、なんで怒ってるんですか!?」


 強引に伝票をレジに持っていき、お会計を済ませることにした。


「合計3000円でございます」


 なんだ、やっぱりこの程度の金額か。

 社会人の俺なら余裕で出せる……そう思っていたのだが


「スミマセン、QR決済は使えないんです」

「あぁ、じゃあクレジットカードで」

「申し訳ございません、お支払いは現金のみでして……」


 な、なにぃ……。

 これまた面倒なお店だと思うのだが、非常に申し訳なさそうな顔をされてしまえば従う他ない。なので財布を漁ってみるも——


「……やばい」


 現金の持ち合わせがなかった。

 何かこの場で換金出来るものはないか……そう血迷った事を考えていると


「じゃあこれでお願いしますっ」

「はい、丁度お預かりします」


 紺が咄嗟に現金を支払ってしまった。

 そして、店員から「ありがとうございました」の声を聞き、俺たちは店を出た。


「すまない、結局出して貰ったな」

「いいんですよこれくらい。でも、現金を持たないなんてシューチさんは大人ですね」


 何気に羨望の眼差しを受けているような気がする。


「そうか? てか紺も持ってるだろ?」

「いえ、私は普段から現金派ですからカードもQRもしてないんです」

「そうなのか、若いのに珍しいんだな」


 若い子ほど、便利なモノに手を付けて使おうとするものだと思っていた。

 先ほど収入が多いと言ったのだから、紺にとって現金を持ち歩かない方が便利なのでは。

 そう思って尋ねてみた。


「こんなの誰でも持てるし、なんなら申し込みしてみたらどうだ? イチイチ金出すのもめんどくさいだろ」

「あはは……多分私にはできないと思います」


 苦笑交じりにそう告げた。

 もしかして、使い方が難しいと思っているのだろうか。


「大丈夫だ、分からなかったら俺が教えてやるからさ」


 キャッシュレス決済は還元ポイントがあって便利な分、難しく捉えられる事があるかもしれない。だが、紺なら楽々覚えられるハズだ。

 押し付けるつもりはなく、単純に紺に良かれと思って言ってみただけだったのだが。


「いや、私の知能的な問題じゃなく、全然違う問題があるんですよ……」

「ん、どういうことだ?」

「まぁ……審査が通らないといいますか」


 あははと言いながら紺は苦笑する。

 そこで俺は若干察しながら彼女の話を聞いた。


「確かに便利だし、シューチさんより収入はあるんで申し込んだ事はあるんです」

「嫌味を挟むな嫌味を」

「で、受付の方に『分かりました~じゃあこの書類書いてください』って丁寧に伝えてくれたから通ると思うじゃないですか。『お仕事されてるんですね、だったら多分通ると思いますよ~』って言ってくれたから信用したのに、手紙が来たんですよ」


 中にカードが入っていると思って開封するも、中身が硬くない。

 恐らく書類に不備があるので書き直しかと思いきや、それは『見送り状』だったと。

 就活でよく拝見されるお祈りメールのような内容だったらしい。


「私納得がいかなくてオペレーターの方に聞いたんです。なんでなんですかって、そうしたら『お答えできません』の一点張りだったんです。それでも粘って質問を繰り返したら『こちらでご対応します』っていう連絡先を言われたんです」

「たらい回しの匂いしかしないな」

「そうなんです……電話したらAIが担当してくれたんです」

「時代だな」


 そして、その話のオチは悲しい事に


「そうしたらAIにも『その件についてはお答えできません』って言われちゃいました」


 AIからもお見送りされてしまうという結果だったそうだ。


「やっぱり信用の問題とかってあるんでしょうか……」

「個人事業主だとそういうこともあるかもな」

「でも、私昔にやらかしたことがあって……」

「何かしたのか?」

「ほら、私貧乏生活してた時あったじゃないですか」

「えっ、まさか……」


 盗みのような悪事を働いたことがあるのか……?

 もしくは今流行りのパパ活とか。

 ショックを受ける俺だったが、非常に残念なやらかしだった。


「昔、電気を止められた事があって……」

「あっ」


 俺は覚えている。懐かしいな。

 急にコンちゃんの配信が落ちたかと思えば、ブレーカーが落ちたと後日報告があった。

 とすれば、彼女の言わんとしている事が理解できる。


「あの時、電気やガス代を払わなかったからかなぁ……って」

「……」


 私って問題作? とでも言わんばかりな表情。

 皆の天使、コンたそはがっくりと項垂れていたが、俺は何も声を掛けられないでいた。



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 そして、最寄り駅に着き


「今日はありがとうございましたっ」

「あぁ、こちらこそ」


 若干名残惜しい気持ちはあったが、ここでお別れだ。

 ぺこっと頭を下げて、彼女は帰り道へと向かっていった。


「あ……シューチさんっ!」


 しかし、俺が振り返る直前で振り返った。

 どうしたんだろうと思いつつ見つめていると、彼女は少し恥ずかしそうに口を開いた。

 頬を赤く染めながら、ゆっくりと言葉を口にする。

 それはまるで告白のような台詞であった。


「また……行きましょうねっ!」


 俺にはそれが、彼女なりのお礼のように感じ取れた。


「もちろん、また行こうな」

「はいっ♪」


 紺は小走りで駆けて行く。

 それを見送るなり呟いた。


「ふぅ……結構歩いたかもなぁ……ケホッ」


 不意に喉に違和感も覚えてしまう。

 まさかこれは、久しぶりに人と話すとアゴや喉が疲れてしまうアレだろうか。

 陰キャにしか分からない特有の痛みが、非常に濃い一日を過ごしたことを実感させてくれた。


「さて、明日からも頑張るか」


 しかし、まさかこれが、自分の身に異変が生じているとは思いもよらなかった。








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 書いてて蛇足っぽい話だなーと思いましたが、お付き合い頂きありがとうございます。

 ちなみにこの電気止められた話の元ネタは『天音かなた』の残念エピソードです。

 つい書きたくなって。

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