第14話 喫茶店
——紺の紹介で、駅前から少し離れた所にあった喫茶店に入ることにした。
店内に入ると珈琲豆の匂いが鼻腔をくすぐる。この香りだけで美味しいと分かるのは何故だろうか。
「ここのお店はメインがデザートなんですけど、コーヒーや紅茶も美味しいらしいです♪」
「へぇ……それは楽しみだな」
店員さんに案内されて席に着く。そしてメニュー表を開くと、そこには様々な種類の飲み物やケーキが載っていた。
「どれにする?」
「んー……どれも美味しそうですね……」
二人で頭を悩ませながら注文する品を決める。
「じゃあ俺はダージリンティーとショートケーキにしようかな」
「ほう……シューチさんは無難な所を攻めるんですね」
「慣れてないんだよ、紺は何にするんだ?」
「私はですねーロイヤルミルクティーと、この季節限定のマスカットパフェっていうのにしようと思いますっ♪」
「お、いいな」
紺は季節限定という文字に惹かれたようだ。
こういうところが女の子らしくて可愛らしい。
「やっぱりこういう店にはよく来るのか?」
「いえ、あんまり来ませんね。でもシューチさんといつか行くときの為にと思ってリサーチしておいたんですっ!」
「それはありがたいな」
まぁ、リスナーからのオススメとは聞いているのだけどな。
「ふふん、私だってやる時はやりますから♪」
得意げに胸を張る彼女を見て思わず笑みがこぼれてしまう。
それから数分後、頼んでいたものが運ばれてきた。
「スミマセン、パフェの方は少々お時間をください」
申し訳なさそうに店員が言ってきたので承諾した。
「シューチさん先に食べてもいいですよ♪」
「それはなぁ……」
「えーシューチさんが食べてるところ見てたいですー♡」
両手で頬杖をつきながら、ご機嫌な様子。
まぁ、俺は紹介された側だしな、お店のレビューを兼ねて召し上がれということなのだろう。
だから、まずは俺の方から頂くことにした。
「じゃあ、いただきまーす」
「はいどうぞ♡」
フォークを手に取り、一口サイズに切り分けて口に運ぶ。
「うん、これは美味いぞ……」
「そうでしょう?♡」
俺が感嘆の声を上げると、彼女はふふんっと自慢げな表情を見せた。
発言自体は可愛いが、リスナーに紹介された店なんだよな。
で、流石は人気店といったところか。
この程よい甘さ、味のバランスが良い。スポンジもフワフワしているし、クリームにも嫌らしさがない。
素直に褒められるくらいのクオリティだった。
「美味しい美味しい、紺も食べてみるか? ……あっ」
美味しさのあまり、つい口を滑らせてしまった。
誰も俺の食いさしなんか食べたくないだろう。そう思っていたのだが
「えっ、いいんですかっ!?」
「あ、あぁもちろんだ」
すると、紺は口をあーんと開けて目を閉じている。
「榛原さんどうしたんですか?」
「……突然の敬語やめてくださいよー」
いや、だってうん。
「……俺に食べさせろってことだろ?」
「そうですよ、だって食べさせてくれるんですよね?」
「まぁ……そうは言ったけどな……」
「ほら早くしてください! はやくぅー!」
急かすようにせがんでくる。
まぁ、美味しいものを味わって欲しい気持ちに変わりはないしな。
仕方なく俺は彼女の口元にケーキを運んだ。
「はい、あーん……」
「あむっ……う〜んおいひぃれふ♡」
満面の笑みを浮かべる紺。
その顔を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた気がする。
「シューチさんの食べかけだと余計に美味しく感じちゃいますねっ♪」
「そ、そうですか……」
何気ない一言のはずなのに動揺してしまう自分がいた。
するとまもなく、紺の頼んだものが運ばれてくる。
「お待たせしました、季節限定パフェです」
目の前に置かれた皿を見て思わず感嘆の声を上げた。
「わ、美味しそう……♡」
「おぉ……これは凄いな……」
マスカットの瑞々しい果実の上に生クリームがこれでもかと言うほど乗っており、その上にはカットされたグレープフルーツがちょこんと鎮座している。
まさしく宝石のような見た目をしたそれに食欲がそそられる。
「じゃあ……次は私の番ですねっ!」
「は?」
「ふふん、私がシューチさんにあーんしてあげます♪」
彼女はパフェ用のスプーンを手に取り、器用にすくい上げるとこちらに向けてきた。
「いやいや、お前が先に食べろよ」
「えーだって毒見して欲しいですし……」
「物騒だな!? 毒が入ってるなら尚更嫌だわ」
「違いますよ!」
紺は真剣な眼差しでこちらを向く。
いけない、せっかく良い店に入ったのに毒が入ってると言うなんて、これは失礼極まりない。
そう思ったら
「もし私が毒を食べて倒れてもシューチさんは食べてくれないじゃないですか!」
「一緒に死のうってこと?」
「はいっ♪」
「はいじゃねえよ」
おかしいな、今日はいつになく頭を叩きたくなる回数が多い日だ。
「でも、ダメなんですか……?」
しゅんとした表情で見つめられてしまう。
そんな顔をされたら断れるわけないじゃないか……。
「分かった、お願いするよ」
「はい、任されました。はいどうぞ♡」
「では早速……あむっ!」
フォークを手に取りマスカットを口に含む。
すると爽やかな甘みと共に酸味が広がり、舌の上で転がすと芳しい香りが広がる。まるで上質な果物をそのまま食べているような感覚だ。
「うまっ、なんだこれ、こんな美味しいもの食べたことがないな」
「でしょう? 私も初めて食べた時はびっくりしちゃいました♪」
「ん……? 初めて食べた時?」
紺はにっこりと微笑んでいる。
ということはつまり、前にも来たということか。
「ふふ、バレちゃ仕方ありませんね……」
「はぁ……別にそこまでしなくても」
呆れながら言うも、紺はまた美味しそうにそれをほうばるのでまあいいかと思うことにした。
それにしても、やはり女の子の食べる姿というのはいいものだ。
心が浄化されていく気がする。
それから俺たちは、他愛のない会話をしながらデザートを楽しんだ。
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