第21話 お泊り
そして布団を敷いた後、彼女は言った。
「私は着替えてきますから……あっ、そうだお風呂はどうしましょうか」
「なっ……!?」
唐突に、また非常事態が発生してしまう。
「動けますか? 入れますか? 私が背中を流しましょうか?」
「待て待て待て……」
確かに熱で汗をかいてしまったからな。
入れる時に入ってしまった方がいいかもしれないのだが、一緒に入るわけにもいかない。
「一人で入るからいい」
「いや、浴室で倒れられたら……」
「いい、大丈夫だから!」
紺に押し切られる前に俺は抵抗した。
てか、お前がいる方が倒れそうなんだよ。色々な意味で。
ということでさっさとシャワーを済ませた。
出たら紺がいるという事を考えたら悶々としてしまって、ちゃんと身体を洗えたか心配だ。
「早かったですね」
「……お前が変なことしないか心配でな」
「むぅっ、なんですかその犯罪者予備軍みたいな言い方は!」
不法侵入してきた奴に言われたくない。
てか女が家にいるという緊張感のせいか、俺は気が回らなかったことに気が付いた。
「あ……悪い、風呂沸かした方がよかったか?」
紺は女の子だから毎日お湯に浸からないといけない生き物だよな。
「いえ、大丈夫です! 私お風呂好きじゃないんで」
「え、そうなのか?」
「はい、面倒くさいですし」
……おいおい。
まぁ、髪の毛も長いし乾かすのが男に比べて手間が掛かるのだろう。
キレイな髪をしているのにな。
と思ったら、胸を締め付けてくる事を言ってきた。
「まぁ……シャワーの方が光熱費が掛からないので慣れちゃいました」
「やっぱり入れてくるわ」
「な、なんですかっ!!」
俺を止めようとする紺。
だが、関節痛のため負けてしまい、そのまま彼女は勢いよく浴室へと入っていってしまった。
そしてその後、部屋は悩ましい音に晒されてしまう。
『〜〜♪』
浴室からのくぐもった音が室内に響く。
紺が鼻歌混じりにシャワーを浴びているのだろう。
この時ばかりは安いアパートに住んだ自分を恨む。
「はぁ……」
この音を聞かないように耳栓でも買ってこようか……。
そんなことを思っているうちに、いつの間にか紺は風呂から上がっていた。
「ただいまですっ♪」
「おかえり……は?」
——バスタオル一枚巻いただけの姿で。
「おまっ、服着ろよ」
「ふぇ? 別にいいじゃないですか、減るものでもないんですし」
「そ、そういう問題じゃない。恥じらいを持て、恥じらいを」
「んー? 私の恥ずかしい所なら何度も見てるじゃないですか……配信で♡」
「そ、そんなもの見た覚えも聞いた覚えもない、やめろ」
すると紺は渋々と引き下がり、俺のあげたクソダサTシャツを着てくれた。
まったく、油断するとすぐこれだ。
「ほら、どうですか?♪」
だぼだぼなそれを嬉しそうに見せびらかし、ポーズを取り始める始末である。
正直可愛いと思ってしまった。
しかし、同時に悲しくもあった。
やっぱり俺のことは異性として見ておらず、からかい甲斐のある遊び相手だと思っているのだろう……と。
「はいはい可愛い可愛い、もう寝るぞ」
「はいっ♡」
元気の良い返事と共に、ベッドの横にある布団へ横たわる紺。
さすがに寝る時には、もうからかってはこないハズである。
(まぁ仕方ないか……)
紺にはそういう遊び相手が必要なのかもしれない。
そう思いながら俺は紺とともに、横になった。
「「……」」
カチカチと、時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえてくる静かな空間だった。
そんな中、俺は眠気に身を任せようと瞼を閉じる。
「……」
だが、眠れなかった。
さっきまで騒いでいた彼女が急に静かになったのだ。
それが逆に不安感を煽ってくる。
(なんで黙り込んでんだよ……まさか、何かあったのか?)
心配になり、薄目を開けて彼女の方を覗いてしまう。
それが失敗だったのかもしれない。
「——わっ!?」
「ひゃっ!?」
俺の顔を覗き込む紺の姿があった。
「ど、どうしたんだよお前……?」
「あはは、ちょびっと寝れなくって」
苦笑交じりに言う彼女。
「……まぁ、俺も一緒だ」
「そうなんですね、じゃあ物語の読み聞かせしましょうか?」
「俺は子どもか」
「自信はありますよ?」
「ほう……だったらやってみろよ」
紺の声は大好きだからな。
深呼吸をし、彼女は語り始めた。
「むかしむかし、あるところに……じゅるっ、ずずッ、じゅじゅッ♡」
「唐突なシチュエーションASMRやめろ」
なんか分かり切ったオチだったので今すぐ止めた。
「え、なんで、眠れないって言ったじゃないですか」
キョトンとしているが、俺は何か誤解を生むような態度を取っているのだろうか。
「……お前みたいな可愛い女が近くにいたら緊張するって言ってるんだ」
「あ、やっぱり可愛いって思ってくれてるんですね、だったら尚更好都合でしたね♪」
「何が好都合だ、変な勧誘はお断りだからな」
俺はごろんと横になり、背中を向ける。
すると、どこか切なそうな声で語り掛けるのだ。
「だから……その、ちょっとシューチさんとお話しようかなと思いまして。せっかくの機会ですし、夜のお付き合いと言いますか……」
「お、おう……」
改めて畏まった態度で言われると妙に緊張する。
どうしたのだろうか、いつものふざけた紺の様子ではない。
「じゃ、まず私からいいですか?」
「ああ」
「あのですね……」
少しだけ間を空けて、紺は言った。
「——私、寂しかったんですよ」
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