第20話 不法滞在という名のお泊り

「よしっ、それでは早速お布団を敷いてきますね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 俺は必死に引き留めようと試みるが、聞く耳を持たないようだ。


「どうして止めようとするんですか」

「それはだな……お前に風邪をうつしたらどうするんだよ」

「さっき熱が38度を超えてたんですよ? そんなシューチさんを放っておいたら危ないです!」


 いや、男の部屋に泊まる方が危ないと思うんだが。

 まぁ俺は病人だし、何か間違いを起こす気などさらさらないが、常識的にマズイと思う。

 そこまで迷惑をかけるわけにもいかないので、俺は告げた。


「……でも着替えもないんだろ?」

「それなら問題ありませんよ♪」


 そう言うと、どこから取り出したのか紙袋を手渡してきた。

 中を覗いてみると、そこには『やる気スイッチ故障中』と書かれたクソダサTシャツが入っているではないか。


「これは昔俺が贈ったヤツだよな……?」

「はいっ、これを着て一緒に寝てあげます!」


 こんなものまで大切に保管してくれていたとは……。

 いやいや、そうじゃない。


「着替えの問題じゃない、容易に男の家に泊まろうとすることを注意しているんだ」


 ジワリとこみ上げてくる嬉しさを押し殺し、紺を諭そうと試みた。


「えーっ、ダメですか……」


 しゅんとする紺だが、こんなものを着ながら寝られたら治るものも治らんだろう。

 なんというか、服のセンス的に生活感があり過ぎて困る。

 同棲気分を味わってしまい、精神衛生上良くない……と思った。


「ダメだ、絶対にダメだ」

「じゃあこうしませんか? 私が脱ぎたての下着をお貸ししますよ……?」

「いや、俺をなんだと思ってる?」


 着替えの問題じゃないと言ったばかりではないか。

 いくらなんでも男に下着を渡すなんて不用心すぎる。

 女の子の良い匂いがするんじゃないだろうか……って、俺は何を考えているんだ。


「大丈夫ですよ。ちゃんとお洗濯してありますから!」

「そういう事じゃないんだよ!」


 病人とは思えないほどの声を上げてしまった。

 この子は俺を変態に仕上げようとしているのか?


「本当はシューチさんの服を借りたかったんですけど、昔にくれたTシャツを着る方が嬉しいかなって思ったんですけど……違いましたか?」

「ぐ、それは……」


 要所要所で痛い所を突いてくる鋭い奴だ。

 確かに昔の服を着られると嬉しいが、それを本人に伝えるのはかなり恥ずかしいものがある。

 いや、でも自分の衣服を女の子に着られるというのはどうなのだろう。

 紺は身体が小さいからな。俺のだぼだぼな服でワンピースみたいになるんじゃないか?

 ……うん、それはそれで悪くないかもしれない。


 いかんいかん!

 思考が完全にピンク色に染まっているぞ!

 落ち着け俺! 煩悩退散! 煩悩退散!!


「うふふっ、冗談ですよ」

「じょ、冗談なのか……」


 少しだけホッとしたような残念な気持ちになった。

 紺にはいつも弄ばれている気がする。


「だけど、泊まるのは本気ですからね!」

「ぐ……そうだったのか……!」


 話が一巡したのか、元の話に戻った。

 はてさて、俺は良い大人なのだから紺を諭さなければならない。ここは心を鬼にして厳しく接するしかないな。


「いいか、女が男の部屋に行くだけでも危険なのに、そこに泊まったりしたらもっと危険だ」

「何が危険なんですか?」


 きょとんとして首を傾げる紺。

 ここまで言ってもわからないとはな。

 仕方がない、もう少し詳しく説明しよう。


「例えば、お前が寝静まってからだな。夜中に何かが起きてもおかしくはないんだ」

「何かが起きるんですか!?」

「ああ……男は理性を保つ必要があるんだ。わかったか?」

「わかりました!」


 ……本当にわかってくれたのだろうか。

 素直すぎてなんか不安が残る返事だが、予想は的中した。


「それではお布団を敷いてきますね!」

「こらこら、だから帰れと言ってるんだ」


 全く聞いていないじゃないか。

 これじゃあ堂々巡りだな……。


「大丈夫です、私はそんな簡単には風邪をひいたりしませんから!」

「いや、そう言う問題じゃないんだが……」


 すると俺の気持ちを知ってか知らずか、紺は言葉を続けた。


「私、やっぱり邪魔ですか……?」


 うるっとした瞳で見つめてきた。

 こいつわざとやってないか? あざとい仕草をするものだ。

 ……しかし、ここまで心配させてしまうのも申し訳ない気がしてくる。

 それに風邪を引いておかゆまで作って貰ったのだ、ここで断っても意味がないかもしれない。

 俺は渋々了承することにした。


「分かったよ……」

「やった! ありがとうございますっ!!」


 満面の笑みを浮かべると、いそいそと準備を始めた。

 だけど、俺は思う。

 この子は俺のことを異性だと認識していないのではないか、と。


 今回も俺への恩返しだと言うのだろうが、男の家に泊まろうとするのはどうなんだ?

 やっぱり男としては意識されていないということだよな……。

 だから俺への警戒心がないということなのだろう。


 いや、別にそれが悪いことではないのだが。

 ……今考えているのは、俺は思ってはいけないことだ。

 なので、軽くぼかしていうならば——少しだけ、残念に思ってしまったのかもしれない。

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