第41話 トンカツ
用が済んだので帰ろうとすると
「そういえばお腹空いてますよね」
紺が聞いてきた。
確かに急いできたから何も食べていない。
「そうだが、今日は遠慮しておくよ」
「どうしてですか! 私のご飯が食べられないって言うんですか」
「心配しなくてもいくらでも食べられるっての」
キレ気味に返してしまった。
せっかく心配してやったのに……と思い伝える。
「だってお前寝不足で眠いだろ?」
配信を寝坊したのだから、疲れが溜まっている。
そんな中、飯を作らせるなんて鬼だろ。
「もう疲れなんかふっとんじゃいました」
だが、紺は無邪気に微笑む。
「でもなぁ……恩を感じてるなら別に思わなくていいんだぞ」
起こしにきたのは俺がしたかった事だからだ。
そう伝えるも
「えーっ、もう食材の準備をしちゃったんですよ?」
「へ?」
俺の逃げ道を塞ぎにきた。
「今回はトンカツを作ろうと思います♪」
「マジか」
どういうわけか、紺は続けた。
「昨日は考え事していて眠れなかったので、深夜のスーパーに行って安いお肉を仕入れちゃいました、あはは……」
「何してるんだよ……」
何か悩んでいる事があったのだろうか。
尋ねるや否や、紺は続けた。
「今日の配信終わり、勝手にシューチさんの家に行って作ろうと思ってたんです♡」
「お前も不法侵入するつもりだったのか」
「えへへ、先越されちゃいましたね♪」
笑いごとではないのだが……。
「でも、俺じゃなくてイズミに食わせてやれよ。一番頑張ったのはあいつなんだぞ」
「え、そんなに私のご飯を食べたくないんですか……?」
「そうじゃないが、今日はとりあえず休めって言ってるんだ」
何とか説得しようと思ったのだが
「私の家に不法侵入しておいて……」
「え“っ……」
紺は俺の弱みを握ってきた。
「良い歳したオジサンが若い女の子の家に忍び込む理由なんて一つだけですよね……?」
大人しい態度を見せるも、言葉に覚悟を感じる。
まるで、柔らかい銃口を突きつけられているような気持ちになった。
「わ、わかった、わかったから!」
「やったぁ♡」
仕方なく折れる俺。
だが、そんな紺の笑顔を見てると断る気が失せてしまうのも事実。
それにお肉の期限が今日で切れてしまうというではないか。
仕方がない、食べるとするかな。
「じゃあ一緒に作るか」
「はい! ……えっ?」
さり気なく言ったので理解できなかったようだ。
「だから、一緒に作ろうぜって言ったんだ」
前回一緒に料理をする事が出来なかった分、今度は一緒が良いと思っていたのだ。
「本当ですか!?」
「ああ、嘘ついてどうする」
すると、目を輝かせながら喜ぶ紺の姿。
その姿を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
「じゃあ早速作りましょうか♪」
「おう」
こうして2人で料理を作る事になる。
紺とキッチンに立ちながら話すのは、なかなか新鮮な気分であった。
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「「いただきます」」
テーブルに着き、一緒に作った料理を口にした。
「はぁ……一仕事終えた後の飯はウマいよな……」
「ですね♡ シューチさんの切ってくれたキャベツも美味しいですよ♪」
メインはトンカツ。
他には千切りキャベツと、味噌汁に白米がある。
ちなみにキャベツ以外は紺が作ったものだ。
「ほとんどやってもらって申し訳ないな」
「そんな、シューチさんは私を褒めてくれたのでお互い様ですよ?♪」
「それを何もしてないって言うんだがな」
やはり紺は寝不足でまだ頭が働いていないようだ。
気を取り直してトンカツを箸で持ち上げ、口に運ぶ。
美味い以外の言葉はなかった。
衣がサクッとしていて、中はとてもジューシーだ。
豚肉の旨味がしっかりと詰まっていてとてもおいしい。
「やっぱりウマイわ、こんなに上手く作れるもんなのか」
いつもスーパーの惣菜ばかり食べていたから、ここまで違うものかと感心する。
「ふふっ、褒めてくれて嬉しいです♪」
本当によく出来た娘だ。
俺は素直に感心した。
「紺はいい嫁さんになるだろうな」
そう思ったので思わず言ってしまった。
「えっ……」
俺の言葉を聞いた紺は、目を丸くする。
いけない、マジで気持ち悪がられただろうか。
「ど、どうかしたか?」
「いえ……ちょっと思う所がありまして……」
いつもと反応が違うので焦ってしまう。
もしかして、引いているのか……?
すると、こんなことを言い出した。
「私をお嫁さんにしたいって思ったりしませんか……?」
「えっ」
唐突な問いだった。
俺は反射的に答えてしまう。
「バカ言え、何度も言ってるが俺たちはファンと推しの関係だ。歳も離れてるし、そもそもの前提が間違ってるんだよ」
「じゃあもし私がただの一般人だったらどうなんですか」
「それはだな……」
あり得ない話だと切り捨てるのだが、紺は執拗に聞いてくる。
「ご飯を作っておいて貰ってそれはないんですか? それとも私を一人の女の子として見てないんですか? それはそれで悲しいんですけど……」
「おいおい……」
カタンと箸を置いて真っ直ぐに見つめてきた。
その潤んだ瞳には、何か強い意志を感じる。
まるで、紺が俺に好意を寄せているかのように……。
「もし私がVtuberなんかじゃない、歳の近い、ただの女の子だったら
——お嫁さんに欲しいですか?」
さっき見た光景がフラッシュバックする。
紺のあんな悲しそうな顔は見たくない。
言うべきか、どうなのだ。
「お前が普通の女なら……」
いや、これはたとえ話。
紺は承認欲求が強いため、そういう言葉が欲しいだけなのだ。
周りに誰かがいるわけじゃない。
別に恥ずかしがることはない、そうだよ俺。
……だから、俺は答えてあげた。
「紺を、お嫁さんに欲しいな……」
「——っ!?」
紺は顔を真っ赤に染めた。
「そ、そうですよね! 私は料理ができる女子ですから!」
慌てて取り繕うように笑う彼女を見て苦笑した。
よかった、悦んでくれた。
そう思うのも束の間、紺は何かを取り出す。
「だから……ろ、録音しました……からね?」
「は?」
「今のセリフ、録っちゃいました」
レコーダーを見せつけてくる。
「それをどうするつもりだ?」
「秘密です、えへへ♪」
だけど、加えてこんなことを言う。
「焼津さんやシューチさんの両親、友人に聞かせたらどう思いますかね♡」
「外堀を埋めていく気かお前は、消せ!」
「いやですー♡」
腕を伸ばすが、テーブル越しでは届かない距離。
かといって、食事中に立ち上がるわけにはいかないので睨むしかない。
「消してほしいなら一つだけ条件がありますよ?♪」
「なんだ言ってみろ」
どうせロクでもない事を言われるのではないかと警戒した。
が、そこまで悪いものではない。
「……また、私とご飯を食べてくれますか?」
急に恥ずかしそうに、しおらしい態度で告げるのだ。
なんだ、そんな事かよ。
「俺なんかとでいいのか?」
「はい、今日の恩返しも兼ねて……ダメですか?」
まったく、この子といるとジェットコースターのように感情の起伏が激しくなってしまう。今はきっとゴールなのだ。それに近い落ち着きようを感じる。
つまり、真面目に答えて良い場所。
「当たり前だろ。また飯を作ってくれよ」
「……はいっ♪」
紺ちゃんは今日も可愛い。
屈託のない笑顔を向けるこのネットアイドルは、これからもっと有名になるだろう。
不覚にも、その時まで、こうして彼女のそばにいたいなと思ってしまった。
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ここまで読んで頂きありがとうございました。
ここで一旦1章という形でお話を区切ることにしまして、明日から2章が始まります。
まぁそんな話は変わらないとは思いますけど(おい)
また違った展開を書いていけたらなと思いますので、どうぞお付き合いください。
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