第3話 一緒に企画を
「えーっ、シューチさんクビにになっちゃったんですかーー!?」
出会って3秒でわざとらしい大声を上げられた。
呼び出されてしまったので、紺の家にやってきた。
部屋には配信用のPCや機材が立ち並ぶ。
「クビじゃない、ただの長期休暇だ」
「会社が営業停止を食らって仕事がないんですよね? だったら実質無職ってことですよね?」
弾けたポップコーンのように飛び跳ね、嬉しそうにしている紺がいる。
「まだどうなるかは分からないけどな」
と強がるものの、実際は経営不振による所が大きい。
なので同じ会社で働き続けるのは困難と考えるのが自然だった。
それを紺に悟られないように、あえて強がっているのだが
「今仕事がなくなってどんな気持ちですか?♡」
「すごく嬉しいよ」
半ば皮肉を込めて答えると、紺はさらに喜んだ。
「そうですね、だって私の活動を手伝うことが出来るんですからね♪」
どうしてそうなるんだ。
……いや、推しの活動を手伝うのはファンとして非常に光栄なことではないのか。
葛藤に苛まれてしまう。
「言っておくが、休みが増えたことの嬉しさだからな。お前を手伝うのは約束したからであって……」
「じゃあいっぱい手伝えますね? やったー♡」
「……!」
紺は満面の笑顔で言い、距離を縮めてくる。
思わずドキリとし、以前キスをされたことを思い出した。
あんな一件があったのに、なんら変わりなく接している。
よくよく観察してみると彼女の顔を見てるほど心臓の動きが激しくなり、これからの指示にも正直まともに思考がまわらない。
自分自身の気持ちに気づかず誤魔化すが、図星なところを抉られかけたりと騙し通せない現実に恐怖を覚えている。
スキル——青い海の中で浮遊感。
「わかったわかった」
とりあえず、紺を引きはがし別の疑問を手早くぶつける。
「紺はそれでいいのか?」
「なにがですかー?♡」
彼女は無邪気に返す。
彼女は、俺が忙しいことを承知の上で依頼してきた。
なので手がかからないような依頼をしているのではないかと推測していたが
「仕事はいっぱいありますからね♪」
彼女の答えに、俺はただ、深くため息をついた。
仕事を頼むのだから、人間のキャパくらい考えるだろう。
「私をバカだと思ってますか?♡」
思考を読まれていたのかと言いかけたが、すぐに首を振る。
「いいや、大馬鹿だと思ってる」
「バカには変わりないんですね、やったあ♡」
この反応には呆れて何も言えない。
だけど、何ら変わりない態度に俺は安心感を覚えてさえいた。
「じゃあ早速ですが……私、結構企画を考えていまして。それらをシューチさんに見て頂きたいんです!」
紺はとあるワードのファイルを開きだす。
なるほど、彼女は思いついた案をこうやって管理しているのかと感心した。
「どれどれ……って、たくさんあるからどこから見ればいいか」
「ページで時期ごとに分けていたりするんですよね。例えば6月になるとス〇カバーがお店に並び出すじゃないですか。それに合わせて『作ってみた』動画を撮る企画なんかを考えてまして」
「季節感あるなぁ」
リアルにスイカを丸ごと買ってきて切り、棒に刺して冷やすといったもの。
「便乗というやつですね」
「謙遜するなよ」
こんなに色々と考えるなんてすごい子なんだなあと、俺は感心していた。
どれも単純なように見えて、その動画の流れまで記載してある辺り、クリエイター気質を感じる。
「素人の俺から見てもすごい考えてると思うぞ、トークだけじゃなくて企画もこんなに考えてるなんて、流石俺の推し」
「えへへ、照れますね~♡」
すると、紺が俺の腕にしがみついてくるので言い訳する。
「ち、違うぞ。これはVtuberであるコンを褒めたのであって……いや、紺を褒めてるのだから結局そうなるのか……? って違う違う、くっついて欲しくて言ったんじゃない」
「ふふっ、照れてるシューチさん可愛いです♪」
少しだけ顔が赤くなってしまう。
どうしていつもこうなってしまうのだろうか。
まぁ女の部屋に上がり込んでしまったのが俺の運の尽きというところか。
「だけど、この辺りの企画はあんまり納得がいってないんですよね」
少しだけ悩む仕草をする紺。
「どうして? どれも良いと思うけどな」
「だって目新しさがないじゃないですか。だから他の人もやりそうな企画ばかりなので、この辺りの企画はあまり乗り気じゃなくて」
クリエイターとして斬新なことがしたいということだろう。
「だけど、どれも掛川さんが許してくれなくって……」
事務所の許可もいるのだろう。
「じゃあどんなことがしたいんだ?」
バチャ豚の俺が直々に判断してやると言った。
すると、紺は待ってましたと言わんばかりな表情に。
「私、シューチさんとだったらこういう事がしてみたいんですっ♪」
俺とだったら、と匂わせぶりな一言が多いが、紺は別のファイルに手を伸ばす。
そこに書かれていたものは
『~季節の昆虫食採集&調理&実食企画~』
『【爆破予告】株式会社Anycodeに爆弾を仕掛けてみた♡【事務所〇ね】』
『私たち金持ちVtuber~貯金全額を米国株式に突っ込んでみた~』
『♡ラブホ〇ルに連れ込まれたVtuberからの耳舐めASMR♡』
『【神展開】マンションの屋上で地面を眺めていたら止めてくれる人が何人いるのか』
などなど
「おい」
俺は早急にデータを消去しようとしたが、紺は必死になって止めてくる。
「な、なんでですかっ!?!?」
「コンプラ的にアウトだと分からんのか」
「これなんでダメなんですか!? 見てもらえば分かると思うのですが、斬新でアンダーグラウンドの方々の需要をマッチングできて、今やらないと必ず他の誰かに真似される企画ですっ!」
これは掛川に少しだけ同情した。
止めるのに苦労したんだろうな。
紺のとんでも企画よりも、持ってきた案件の方が無難だと思われていたんじゃなかろうか。
「とにかく俺がダメだと言ったらだめだ」
「いやです、いやですーっ!」
ぐいぐいと俺を止めようとする紺。
だが、お互いの身体が密着し合い、どうにも気恥ずかしさが先行し強引に引きはがそうとする。
「こ、こらっ……離せって」
「シューチさんこそなんでやめてくれないんですか……あっ」
——ドサッ。
次第に身体がもつれ合い、バランスを崩して倒れてしまった。
「う、うぅ……」
うめき声が下から聞こえてきて、今の危うい体勢に気付いてしまった。
「い、今どくから……はっ」
そこにはムスッとした顔の紺。
「どうしてそこまで必死になるんですか」
これはどうにか説得をしないとまた同じことの繰り返しになりそうだ。
そう思って言葉をひねり出した。
「こんな変なことをしなくたってお前は十分に人気者……いや、むしろ普通のことをしてくれた方が俺としては楽しめるし、可愛いんだ」
「そ、そうなんですか……?」
「もちろんだ。だって俺の望んでるのはつまらない事でもすごく楽しんでるお前のトークや愛嬌なんだ」
顔が見えなくとも、アバターを通して伝わる声で俺たち視聴者は癒されるんだ。
そう伝えると紺は顔を両手で覆って
「わ、分かりました……とりあえずどいてもらっていいですか」
「あ、あぁ……」
耳が紅くなっててまだジッと眺めていたかったが自重し、すぐさまどいた。
その後、紺も起き上がって俺たちは目を合わせないでいる。
「あの……」
「な、なんだ?」
口を開いたのは紺からだった。
もじもじしながら、俺に尋ねてくる。
「もしよかったら一緒に企画を考えてくれませんか? なんだか私だけじゃ変な方向に突っ走りそうで」
「もちろんだとも、だって俺は無職になったんだからな」
紺はそれにクスリと笑い
「ふふ、さっき無職じゃないって言ったのに」
「なんだか都合が良い言葉だなと改めて思ってな」
顔を向き合い、俺たちは同時に笑いあった。
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