第35話 告白
旅館を徘徊していた紺が帰ってきた。
満足した表情を見る限り、良い撮れ高が出来たのだろう。
「おかえり、どうだった?」
「シューチさんがいなくて寂しかったですー♡」
「はいはい嬉しい嬉しい」
「あ、お布団敷いてくれてたんですね、なるほど襲う準備は万端と……」
「おやすみ」
たった数十分一緒にいなかっただけなのに、このバカみたいなやり取りが懐かしくなる。
「おはようございますっ♡」
恐るべき速度で起こされた。
紺にはまだやり足りない事があるらしい。
「ねぇシューチさんっ、ピロートークしましょうよっ」
「完全に事後の話じゃないか」
「事後ってなんのことですか?」
あれ、違うのか?
同人誌などではけしからんことをした後に話すことを指す言葉かと思ったが……誤解されるので「なんでもない」と言っておいた。
「それでですねっ、シューチさんは今好きな人はいますか?♪」
「えっ?」
ドキッとしてしまう。
バレないように自然体で振舞った。
「は? なんだよ突然」
「あはは……私、昔っから大事な時に熱を出すから修学旅行とか行ったことなくって、恋バナなるものをしてみたいのです。楽しそうじゃないですか」
いるよな、こういう残念なやつ。
本人には悪いが、人生の半分は損している。
「普通に布団の上でトランプじゃダメなのか?」
「そんなのバスや電車の中で出来るじゃないですか、つまんないですよ!」
「まぁ確かに、そうかもしれないな」
紺はすごく真剣で、熱量に押された俺は素直に話に乗った。
「じゃあ……紺の好みのタイプは?」
「っ!? えっと、急に言われると悩みますが、優しい人ですね♪」
紺は嬉しそうに答える。
だが、恋バナをしたい人間のワリにはイマイチな答えだなと内心思った。
「なかなか無難な答えだな」
「シューチさんは?」
「同じく、優しい子が好きだ」
「真似しないでくださいよ~」
本音を引き出したかったのか、ずるいと言わんばかりに文句を言う。
そこで趣向を変えたのか、紺は自分から切り出した。
「気になってる人はいますよ、でもその人は私のことを覚えてないみたいで」
やっぱり紺にもそういう人がいるんだよなと安堵した。
だけど、ちょっとだけ寂しそうなので、聞いてあげるべきかと思った。
「そいつとはどのくらいの付き合いなんだ?」
「どれくらいでしょう、結構昔に出会ったのは覚えてるんですけど……」
いつなんだろうな。紺がVを始める前からだろうか。
やはりリアルでも出会いってのはあるよな当然。
「結構長い仲じゃないか」
「はい、でも私のことを思い出してくれない事に腹が立ちます!」
感情豊かだなぁと軽く笑ってしまう。
相変わらず可愛らしい奴だと思いつつフォローした。
「大丈夫、きっと思い出してくれるから」
紺みたいな可愛い女の子に興味がないなんて、とんだ唐変木な男だ。
思い出さなかったらぶっ飛ばして土下座させてやるよ。
そんな事を言い、俺は良い友達ムーブをかまして気分が上がっていた。
だから、どうして。
彼女は今ここで……そんなことを言ったのか。
「……私、シューチさんのことが好きです」
俺は今の流れが、さっぱり理解できなかった。
「……え、俺?」
「はい……私、シューチさんが好きです」
さっきの男はどこに行ったんだ?
尻軽すぎやしないか?
そして、なんでそんな悲しそうに告白をするのか。
「あ……そういうことか」
今のは、過去を忘れる為の儀式で、吹っ切れた……もしくは吹っ切る為に俺に「好き」だと告白したのだ。新たな一歩を踏み出すために。
そう、俺は利用されているだけに違いない。
だけど俺なんかじゃなくて、もっと他の人がいるだろうに。
「どうしてそんな悲しそうな告白をするんだ?」
完全に吹っ切れていないのだろう。
まるで同情するみたいに、憐れんでいるみたいに、聞いてしまった。
「私聞きました、シューチさんと伊豆さんの関係を」
「……っ!」
俺にとってのブラックボックスだった。
誰にも知られたくないことだったのに。
「それはいつの話だ?」
「料理対決をした後、シューチさんが寝ている時のことです。伊豆さんが私に教えてくれたんです」
まさかそんな時に……くそ、相変わらず嫌なことをする女だ。
こうなるのが嫌で恋愛なんて馬鹿らしいと思っていたんだ。
「私ずっと思ってました、シューチさんも過去に縛られている人だって。だから私は大事な話を切り出したんです」
紺に見透かされていた。
そうだ、俺は伊豆さんと関わったことがきっかけで恋愛なんてしないと決めている。
過去を引きずっているのは間違いない。
「だからって、俺のことが好きだなんて言うのはやめてくれよ」
まるで傷の舐め合いだ。
紺にも色々あるのだろうが、そんな事をしたところで過去は払拭されるわけがない。
だけども、俺は気になることがあった。
「ところで……どこまで聞いたんだ?」
事によっては逃げ出したくなるほど、恥ずかしい事がある。
「そうですね、私があの遊園地に誘った理由からお話ししましょうか」
「……まさか」
ドクンと胸が高鳴る。
言わないでくれ、それは事実になるから。
願うも虚しく、紺は口にしてしまった。
「そうです、シューチさんと伊豆さんは昔、あの遊園地に二人で行ったことあるんですよね」
「……っ!?」
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