第40話 傷心した紺
焼津はため息をついたが、その表情は複雑な感情が渦巻いているかのようだった。
「はぁ、余計なことしてくれたね」
と、その声には苛立ちよりもどこか諦めが混じっていた。
一方、掛川は小さく微笑みながら、あたかもこれが全て計画通りであるかのように振る舞う。
「でも分かっていましたよね?」
彼女の声には、確信に近い自信がにじみ出ていた。
とても不法侵入をしたと思えない態度だが、焼津は彼専用のデスクに置いてあるグッズを指差す。
「そうだね、これを見れば誰でも分かるよ」
そこには紺のグッズがずらりと並んでいた。
掛川は「今更新しい推しに心を奪われるわけがない」と、独り言のように呟くのだ。
「ホント、ガチ恋だよね。職場が緩くなったからってこういうの並べ始めてさ」
「スパチャ投げるよりグッズを買った方が本人の収益に繋がることがありますからね」
「会社は中抜きしてないんだ」
「なんだか詳しそうですね」
「別に、菊川君から軽く聞いてたくらいだよ」
二人はお互いに笑い合いながら、話を続けた。
「それで……貴女、最初から気持ちに気付いてましたよね?」
「うん、心変わりすることはないとは思ってたよ。だけど見てられないのよ」
彼女は遠い過去を思い出すように語った。
高校時代から繰り返し傷付く彼の姿を見続けてきたからこそ、焼津は彼のことは世話を焼く弟のように接し、あるいは介護する人のように感じていた。
「大学の頃から好きなものなかり追いかけてるダメさ加減が好きだったんだよね」
「うわ……本人聞いたら泣きますよ」
「そうかな?」
軽く引く掛川に対し、焼津は楽しげに問い返す。
「でもあなた達って似てるよね、推し活が趣味?」
「な、なんでわかるんですか!?」
「うーん、雰囲気かな?」
「そうですね……だから彼の気持ちが分かったのかもしれません、逃げてばかりじゃダメだって思ったらつい余計なお世話を」
「余計なお世話じゃなかったかもね」
焼津は軽く笑う。
そして、彼女はさらに別の問題を提起した。
「ところでさ、なんでうちのベランダ?」
「か、鍵が掛かってるからです……」
掛川は狼狽えながら答えるも、焼津は淡々とした表情で答えるのだ。
「あなた達って道徳観念ってないの?」
◆◆◆◆
……動画も撮らずに何をしているんだろう。
自分からやりたいと言い出したことなのに、過去を引きずって悩んでいる。
ぼーっとしているだけでもお腹がすく。
だけど、何もしたくない。
なんて非生産的な時間を過ごしているんだろう。
「ねぇ~この敵ちょーキモイんだけどw」
隣に座っているイズミが私を励まそうとしてくれている。
それはすごくありがたかった。
一切の活動を休止してしまったのでAnycodeに行きづらくなり、引きこもる日々を過ごしていたから。
「ねぇ~紺」
「ん?」
「最近、シューチと喧嘩したんでしょ?」
「……うん」
「そっか、まぁ深く聞かないでおく……って、もうこんなにやられてるし!?」
イズミには私がシューチとのことを話していた。
だからか、イズミは私に気を使ってシューチの話を出さずにゲームを誘ってくれている。
……でも、今はそんな気分じゃない。
「あーーー腹立つよう!! なんで思い出してくれないんだろう!」
「え“っ!?」
私は愚痴をこぼしながらゲームをプレイし始めた。
目を丸くしたイズミは尋ねてくる。
「えっと……あの男のこと?」
「そうだよ! スケベで色目使って誘ってるのにぜんっぜん振り向いてくれないし、なんなのあの人!」
自分に自信がないから身体を張ってアピールしてるなんて、これじゃ面白いことが出来ないから身体張る芸人さんと変わりなくない?
魅力がないのかな、そう考えるだけでどんどん落ち込んでくる。
「え? 身体張ってる?」
「そうだよ、胸押し付けたり、足絡めて誘ったりしてるのに!」
「……それ、マジでやってんの?」
どうやらイズミが困惑している。
「うっそでしょ……私の紺になにさせてんのよ……絶対殺す……」
まぁいいや。
シューチさんが鈍感なだけなのか、紺がわざとそういう行動をしているのか、どちらかは分からない。
だけど、私は鈍感なだけだと思いたかった。
「はぁ~……ゲームも全然楽しくない」
「いや、私もなんだけど……てか、あえて聞かないようにしてたのに、紺ってどこまであいつの事が好きなのよ」
「人生捧げるくらいかなぁ……」
「信仰してる神様と勘違いしてない?」
そう、私にとっては神様と一緒なんだよ。
今まで助けてくれて、元気をくれて、頑張ろうって思わせてくれた。
そして……ドキドキをくれた。
確かに私は恋愛が何か分かってなかったんだと思う。
一方的な愛。
自分の気持ちを押し付けるばかりでシューチさんの事を何一つ考えてなかった。
……ため息が出てしまう。
「……ねぇイズミ」
「ん?」
「私って魅力ないのかなぁ……」
「え?」
「だってさ、1週間も引きこもってるし、ダメ人間でしょ」
「……うん」
ちょっと悲しくなった。そこは否定してよ。
イズミはフォローしたほうがいいのか、それとも紺を慰めたほうがいいのか迷っていた。
だけど、私が愚痴をこぼすのを聞いてくれて、適度にアドバイスもくれる。
こんな良い友達他にいない。
「まぁ~……関わり出したのも最近で、しかも強引だったからね。最初のインパクトが強すぎて“あの時”のことなんか覚えてないんじゃないの?」
そう、私が勝手に住所を調べて家に行ったという事実でお腹いっぱいだろう。
だけど、まだ足りなかった。
話せば話すほどに愛着が湧いて、もっと知って欲しいという気持ちが芽生えるのは誰しも当然のことだろう。
それで感情を拗らせてしまっているのだと、イズミと話してて理解した。
「でも、私は……」
あれが運命なんじゃないかって。
私がシューチさんと出会うのは運命だったんじゃないかって。
そうじゃなきゃ、あんな年上で優しくて、面白い人なんているわけがない。
「はぁ……」
もう何度目のため息だろう。
うじうじしてる自分が嫌いになる。
でも、それだけ私は本気で好きになってしまったんだと実感させられる。
なんでこんなにも好きになったんだろう。
最初は、ただの友達だったはずなのに……
「はぁ~……」
「……もう、そんなため息ばっかりついてると幸せが逃げるって」
イズミは私の顔を見て呆れている。
そんなの分かってるよ。でもさ、仕方ないじゃんか。
シューチさんと喧嘩しちゃったんだからさ。
「だって……だって! もう一週間もシューチさんと喋ってないし! 声すら聞いてないし! それに、それに……ぐすっ……」
しかも、私の事を恋愛対象として見てないのが分かって悲しかった。
だから逃げるように、勝手に何も言わずに離れてしまった。
「紺……」
イズミはそっと肩に手を置き宥めてくれる。
じんわりと温もりを感じてくる。
そんな時だった。
——ガタッ、ガタガタッ。
部屋の奥から音がした。
「ん……なんか倒れた音がしたね」
家具が倒れた音には聞こえなかったが、少々気掛かりだ。
「私が見てくるから涙拭いてて」
疑問に思ったイズミが即座に立ち上がり、部屋を後にした。
やっぱり優しいなぁ。
私はいつも誰かに支えられている。
だからいつかは、自分で立ち直らないといけないよね……。
そう考えていた時。
「ぎぃやゃああああぁぁぁ~~~~っ!?!?!?」
——イズミの叫び声がした。
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