第20話 後片付け
料理対決の舞台は幕を閉じ、二人は後片付けに追われていた。
「もう〜こんなことされたら企画倒れですよぉ〜!」
紺が疑似憤慨して呟く。
伊豆は肩をすくめながら笑って、冗談交じりに返答する。
「あはは、ごめんね〜審査員を気絶させちゃって♪」
意識を失ったシューチは命に別状はないので、二人はソファで寝かせた。
そして、キッチンは無造作に散らかっており、食材も彩り豊かに広がっている。それを見て、紺は少し肩を落とし嘆く。
「はぁ、食材もこんなになっちゃって……」
「コンちゃんも分かるでしょー投げ銭されたら弱いって」
伊豆はからかうように、紺の弱点をつつく。
紺は一瞬言葉を失うが、すぐに正義感を前面に押し出して言い返した。
「うっ……それは確かに何も言い返せない……で、でも私は料理には真剣なので、多分そんなことは……」
彼女は自分の料理への誇りと、配信という現実との間で葛藤している。
「だよねぇ〜まぁ、私なんかそこまで料理が得意ってわけじゃないし、遊びに使っちゃった感は否めないかも。てかコンちゃんの料理美味しそうだよねー、シューチくんも当分起きる気配がないから……食べていい?」
伊豆は申し訳なさそうに提案した。
「シューチさんがこうなった以上、勿体ないですし食べちゃいましょうか」
と、紺は提案に乗る。
彼女の顔には少しの残念さが浮かんでいたが、伊豆はそれを見逃さなかった。
伊豆は計画的に彼女の表情を捉え
「やった♡ じゃあ残った分はタッパーにでも入れておこう!」
そう提案し、明るく振舞った。
そして二人は席について
「「いただきまーす!」」
料理を口に運んだ。
すると、伊豆は驚きの声を上げる。
「え、美味しい……なにこれ、えっ、まじやば!?」
彼女の箸は止まらず、次から次へと料理を口に運ぶので紺は優しく言った。
「お茶をどうぞ、まだありますのでゆっくりで大丈夫ですよ♪」
箸が止まらないというのはこういう時に使うのだろうなと伊豆は思った。
だけど、その余裕げな様子を見て伊豆は思わず尋ねる。
「どこでこんな美味しい料理を習ったの?」
紺は照れくさそうに笑いながら答える。
「えへへ、ネットに転がってるレシピを見て参考にしていたらこの通り、もう見なくても出来るようになっちゃいました♪」
伊豆は感心しながらも、少しだけ嫉妬心を覗かせる。
「それだけで……? マジすごいじゃんー」
紺は謙遜しながら返事をする。
「あはは、いやいやそんなことないですよ〜」
しかし、紺の料理に対する熱意とその手際の良さに、伊豆は自然と紺への尊敬と競争心を燃やしていた。
どんな男も彼女の料理には虜になるだろう。
それを知っていながら、シューチは紺を独占しようとはしない。
伊豆には不可解で、ちょっとした計画を練り始めるきっかけとなる。
「なのにシューチくんとまだ付き合ってないんだー」
紺は顔を紅くして目を逸らし、少し声を震わせながら言った。
「えっ……!?」
伊豆の言葉は、重苦しい静寂を破り、厨房の熱気に紛れて重たく空間に響いた。
「いやぁ……だってシューチさんにその気がないのは分かってますし、それに強引に迫ったら悪いとは思いますから」
紺の料理が美味しくても、彼女の内心は複雑で重苦しいものだった。
そんな彼女の心情を察しながらも、伊豆は突っ込んだ。
「頻繁に会ってて、料理を振舞ってるのに?」
その問いは、厨房の中で鍋の音とともに響き渡り、紺の心に深く突き刺さる。
「謙虚なのは良いけど、それじゃあ他の女の子に盗られるかもよ」
紺は黙り込んでしまい、困惑と戸惑いが顔に浮かんだ。
「そ、そんなことは……ううーん……」
伊豆は紺をじっと見つめ、真剣な表情で訊ねた。
「いつからこんなことしてるの?」
「それはだいぶ前から……」
紺は言葉を濁しながらも、真実を明かす。
その事実に伊豆は驚愕してしまう。
「えぇっ、そんなに前から!? 最近知り合ったばかりかと思ってたのに、まだ全然進んでないの?」
その問いに対し、紺は困ったように告げる。
「だ、だけどやっぱり時間は必要だと思うんです、シューチさんは奥手で不器用だから、ちゃんと気付くまで時間がかかると——」
紺の言葉は優しく、彼女自身が抱える深い葛藤と不安を反映していた。
過去のシューチを知っている伊豆からすれば『確かに』という言葉は最初に出てくるのだが、納得が出来ない。
伊豆は少し苛立ちを隠せない様子で反論する。
「だから、その間に誰かに盗られたらどうするのって話なの」
紺はその問いにただ黙ってしまい、返答に窮する。
その様子を見て、伊豆はさらに一歩踏み込んだ。
「ていうか、私がこんな所にお邪魔してる時点で察しない?」
「な、何をでしょうか……?」
紺の声は震え、無垢な表情で伊豆を見上げた。
(あぁ、やっぱりこの子も女の子なんだな……)
伊豆は先輩風を吹かせるつもりも、圧力をかけるつもりは毛頭なかったが、立ち止まることが出来ないでいる。
一瞬の沈黙の後、紺に近づき、彼女の耳元でそっと囁いた。
「じゃあ教えてあげようか? 私とシューチくんの秘密を」
「え、え……?」
紺の表情は恐怖と期待で入り混じり、伊豆の言葉に身を委ねたまま、次の言葉を待った。
「実はね——」
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