第5話 レンタカー

 俺たちの目的は単純だった。

 地元から離れた「さわやか」でハンバーグを食べること。


 ただそれだけ。

 だが、そのシンプルな願いが、一緒に旅をすることになった紺との距離をぐっと縮めることになってしまうのではないか。

 キスの一件以来、俺はつい意識してしまうのだ。


「よし、じゃあ行きましょうー!」


 次のステップは、実際にその場所へ行く計画を立てることだった。

 地図上でルートを確認し、最適な交通手段を選ぶ。


 休みが出来たら、俺は旅行をしたいなと思っていた。

 少し地元から離れたお店は、小さな冒険のように少しわくわく感を覚える。


「で、足は俺を使うのかよ……」

「仕方ないじゃないですか、私歩くの苦手なんです」

「別にそんな距離ないだろ」

「駅から10分以上離れたらもう長距離なので無理です!」


 紺がそう“強く”主張するので、レンタカーを借りることになった。

 もちろん彼女は免許を持っていないので、俺が運転することになる。


 近所のレンタカーの店まで行き、車を借りるなり紺は大はしゃぎ。


「やったー♪ シューチさん大好きです♡」

「はいはい、今回だけだぞ」

「今回だけ恋人ってことですか!?」

「はいはい、ワンナイトワンナイト」

「それって最後にラブは付きますか……?」

「残念ながら」


 通常運転の紺をスルーする。

 時刻は20時を過ぎていたため、微妙な時間からお店へ向かうことを決めた俺は確認しておいた。


「でも本当にこんな時間で良いのか? もっと明るい時間なら周囲の景色も見れるぞ」


 色々していたら辺りは暗くなってしまっていた。

 だけど、紺は時間が惜しいということなので一緒に出掛けることにしたのだが


「いつも夜に配信をしてるので、たまには夜の外を歩いてみたいじゃないですか」

「そういうことね」

「そういうことです♡」


 良い感じに丸め込まれた。

 車に乗り込んだ俺たちはシートベルトをし、車を走らせた。


「さて、実際に食べるハンバーグはどんな味がするのでしょう?」

「それを確かめるのが、また一つの楽しみさ」

「わ、良いコメントですねー赤スパ投げます!」

「たくさんくれ、スパチャはいっぱいあっても困ることはないからな」


 お店までの道を進んでいると、紺はたくさん話題を振ってくれる。

 というか、会話が途切れることがなかった。


 ホント、どこから話のネタをもってくるのやら。

 こうしていると、本当に会話が好きな女の子なんだなぁと感じてしまう。

 それがまた魅力的で、彼女の隣にいることがこんなにも心地良いと感じる瞬間は他になかった。


「もうすぐでしょうか、この辺りに見覚えがあります!」


 会話を続けていると、住宅街を感じさせる景色ががらりと変わっていた。

 お目当てとなる店はすぐ近くだが、駐車場が見当たらないので近くのコンビニの駐車場に車を止めることにした。


「ふぅ……着いたな」

「お疲れ様ですシューチさん、少し休憩していきますか?」

「大丈夫、そこまで疲れてないから」


 軽く一時間は運転していたと思う。

 だけど、変な気を遣わせたくなかったのでそう言った。


「疲れていたら言ってくださいね?」

「あぁそうする、ありがとな」

「えへへ」


 そして、紺はシートベルトを外してから、俺の腕に抱き着いてきた。

 その行動に思わず俺は動揺してしまう。


「おま、何してんだ」

「だって、外暗いじゃないですか」

「いや、そうだけどさ……」


 平然と、俺に近づく紺は言ってくる。

 ——興味津々な子供のように笑って。


(ぐっ……本当に一体何を考えているのかコイツのことがよく分からない)


 まさか本気になっている……というのは、少なくとも俺だけの意見なのかもしれない。

 そんな悲しみにも似た衝撃を受けながら、冷静に考える。


 いつも明るい紺に感謝しているからこそ、俺の心は焦らされてしまうわけだ。


「あのさ、外でこれまで女性に近づいたりしたことないんだ」

「ドーテー力上げていますね♡」


 そう言うと額を指で小突いてきた。

 俺はそれを押し返し、ちゃんと言う。


「いや……その、なんだ。俺って女性経験ないんだよ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ」

「じゃあ、私が初めての相手ですね♡」

「言い方」


 俺は深呼吸を一回し、紺の目を見て話を切り出した。


「なぁ紺」

「はい、なんですかシューチさん?」

「俺さ……お前に言いたいことがあるんだ」


 目を丸くし、上目遣いでこちらを覗き込んでくる。

 何かを期待しているように。


「あんまりからかわれてるとその、恥ずかしいんだ」

「やめて欲しいってことですか?」

「まぁ……そういうことになるかな」


 そう、紺はまだ子どもなんだ。

 恋愛とか、好きとかいう感情を知らない子ども。

 だから平然と俺にこんなことが出来てしまうので、忠告するように言った。


「そこまで言うなら仕方ないですね……」


 紺は、残念そうに腕から身体を離して


「……お店に着いたら離してあげますね」

「いや、もうここで終わらせてくれ」

「えーっ」


 呆れながらも、紺のスキンシップをやめるようお願いした。


 …………


 ……


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