第6話 ハンバーグ

 これから食べるはずのレストラン、「さわやか」の場所は分かっていた。

 ここから400m先のところに赤い看板で白のヘラが描かれたお店が見受けられる。

 黒茶色の素材を使用した凝った塗装は、まるで老舗の雰囲気を醸し出していた。


「いらっしゃいませー」


 店内に入ると、あたたかい雰囲気と美味しそうな香りが迎えてくれた。


「2名様ですか?」

「はいっ♪」

「ではお好きな席へどうぞ」


 ウェイトレスに案内されると、彼女は窓際の席へと向かう。

 座るなりメニューを眺める紺と、その姿を撮る俺。


「シューチさん、私は撮っちゃダメですよ」

「悪い、つい」


 俺は慌ててメニューの方にカメラを向けた。

 その様子に、紺はクスリと笑う。


「いくら可愛いからって無許可で撮るのは反則ですよ」

「許可があったらいいのか」

「シューチさんならいいですよ♪」


 照れくさいことを言われてしまう。本当にこいつは……

 そして、仕切り直しとばかりに尋ねた。


「それでどれにするんだ?」

「もちろん、看板メニューの200gハンバーグにしますっ♪」


 なるほど、紹介するなら王道を行くよな。


「250gにしなくてもいいのか?」


 いつもよく食べているイメージがあるので、善意で我慢しなくていいんだぞと言わんばかりに言うと


「大食いだってイメージ付けたくないので」

「あ、そう……」


 女の子だもんなぁと俺は、分析を済ます。


「私だって魅力的な女性ですからねっ♪」


 思考を勝手に受信しているのか、そう主張する紺。

 前にも似たやりとりしたなぁと思い出す。

 すると、紺はメニューを指差し、ニヤニヤとわざとらしい口調で言った。

 

「あ、シューチさんはお酒飲めないんでしたっけー?」


 確かにいつも一緒に食事をする時にお酒を一緒に飲んでいたが


「誰が車を運転するんだ?」

「じゃあタクシーを呼びましょう、経費で落としますっ♡」

「誰がここまでレンタカーを取りに来るんだよ」


 そんな返答に、紺は真面目に考え出す。


「う、うーん……こういう時は業者、レッカー車ですか?」

「他人に迷惑を掛けるなと親から教わらなかったのか」

「もう両親は他界してるので……」

「すまん……」

「「…………」」


 や め ろ 。

 これは……本当に墓穴を掘ったのか?

 わざとだったら今すぐに「冗談ですよ♪」と言って欲しい。


 そんな時、店員がこちらにやってきて


「ご注文お伺いしましょうか?」

「タイミングの神か!?」

「は、はいっ!?」


 思わず俺は驚嘆の声を上げてしまう。

 そして、注文を済ませると紺は腹を抱えて笑い出した。


「ぷ……く、くすすっ……あははっ……!」

「なにがおかしいんだ」

「だってシューチさんがマジメに、反応するから……」


 微妙なラインだったので当たり前だ。

 冗談で良かったけれど、なんだか悔しくなってきた。


 そして、ウェイトレスが料理を運んでくる。


「お待たせしました~」


 やってきたのはもちろん、看板メニューのハンバーグ。

 鉄板の上でジューと音を立てるそれはとても美味しそうで


「わぁ~美味しそうですねー♡」

「そうだな」


 ご褒美といっても過言ではないほどに、その光景にはよだれが出そうになる。

 そしてお互いに手を合わせて


「「いただきます」」


 フォークを入れた瞬間に肉汁があふれ出し、その光景に思わず「わあ」と声を上げた。

 そして、ナイフとフォークを使って切り分け口へと運ぶと、肉汁がじゅわっと口の中に広がり、旨みが広がる——


「んんん~~♡ おいひぃです~~♡」


 紺の瞳がハート型になる。

 その例えが適格と言えるほどに、彼女の表情は蕩けていて


(お、美味しすぎる……)



 俺までもが頬が落ちそうなほどに、ハンバーグは美味しかった。

 まず、提供された鉄板でハンバーグを再度焼くことが出来る。

 おかげで自分の好みの焼き具合で肉を口にするというのが特徴だ。


 また、この味をさらに引き立てるのは、横に添えられたドロリと濃厚なデミグラスだ。

 最初からソースがかかっていない理由、それは味変である。


 それなんだ。

 そのままでも美味しいのだが、味変をすることによってハンバーグを食べる過程の『飽き』を感じさせない。

 この満足を終始感じさせてくれるこの料理に、俺は感謝していた。


「んん~~♡ はふん……♡」


 こんなにも紺が美味しそうに食事をしている姿を見られるのだから。


「うん、すごいですね。こんなにおいしいハンバーグ、初めてかもしれないですぅ……」

「なんで今まで来なかったんだろうな」


 紺の手料理も美味しいが、たまにはこういった外食をするのも良いかもしれないなと俺は思い始めていた。

 そして、完食すると紺は満足そうな声を上げる。


「はぁぁぁ~~……ごちそうさまです……♡」


 満腹そうにお腹を押さえて、背もたれに身体を預けた。

 流石に食後すぐに出て行くのも苦しいので、俺たちは今後の計画や、食べたいものリストについて話す。


「じゃあ……行きましょうか」

「あぁ」


 食後の余韻に満足した俺たちは席を立つ。

 そして、会計の前にまで行くとデカい人形がいた。


「あれ、こんなのいたっけ」

「知らないんですか? マスコットキャラクターの『ハンバーグマ』くんですよ~」


 俺たちを出迎えたのは「ハンバーグマ」くんというマスコットキャラクター。

 中の人が入っているその大きな衣装は、見るからに楽しげで、紺と私に向かって手を振ってきた。


「わぁっ、ありがとうございます~♪」


 紺は握手を求められたので、目を輝かせながらハンバーグマくんと握手を交わす。その無邪気な笑顔に、私も思わずカメラを向けたくなるほどだった。


「今日は特別イベントの日で、握手会をやってるんですよ~」


 店員がにこやかに説明してくれた。


「そうか、じゃあ俺たちはタイミングの良い日にきたんだな」

「よかったら彼氏さんも握手していきますか?」

「え?」


 紺の彼氏ではないが、まぁ……


「じゃあ……」


 ふわふわとした手触りが心地よく、思わずほっこりとした気分になった。

 俺たちはその後、お会計を済ませて店を後にする。


「美味しかったなー」


 外に出るなり声を掛けるが、返答はない。

 紺の様子が少し変わっていた。


「どうしたんだ?」

「え、何がですか?」

「なんか普段より大人しいから」


 俺が彼氏呼ばわりされたのでイジってくるだろうと構えていたが、違うようである。

 満腹のせいかなと思ったが、彼女の心境には別の理由があるようで、どこか神妙な顔をしていた。


「あの握手会を見て懐かしいなぁって思って」


 紺にそんな活動があっただろうかと尋ねる。


「お前握手会なんてしたことあったか?」

「いえ、ないですけど……シューチさんは覚えてるかなって」


 何をだろうか。少しだけ首を傾げて悩んでみた。


「う、うーん?」


 最初期からコンちゃんを推していた俺が覚えていないことなどあるだろうか。

 だけど、答えが出てこない。

 すると紺はイタズラに笑い


「えへへ、なんでもないですよ~♪」


 小走りで車に向かい出した。

 その様子に俺は不思議そうな顔をしてしまう。


「……なんだったんだ?」


 でも、やはり気になってしまう。

 先ほどの紺の表情はどこか嬉しそうで、寂しそうでもあった。


「まぁいいや……おい待てよ」


 なんでもないと思って俺は紺の後ろを追う。

 だけど、こういう事は早いうちに気付いてあげれば良かったんだなと後に気付くことになるのだった。

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