第37話 紺の気持ち

 配信をサボった翌日、私はベッドでうつ伏せになっていた。

 これまで配信をサボったことがない。というよりかは、スケジュールを決めずに好きな時間にやっていた。単なる配信ジャンキーだからこそ、私には“サボる”という概念が生まれない。


 そんな配信優等生がいきなり活動休止を掲げたら混乱する人が何人もいるだろう。

 視聴者や事務所、掛川さんや関係者の皆さんとか……。


「シューチさん……」


 一番迷惑をかけているわけではないけれど、なぜだか特にシューチさんに対して責任を感じていた。視聴者離れや、掛川さんの業務に影響が出ることよりも、私が勝手に活動を休止してしまったことが、本当に申し訳なく感じられた。


「やっぱり謝らないと、かなぁ……」


 そんな思いに駆られてゆっくりと体を起こし、ベッドに腰掛けた。

 そしてスマホを手に取って連絡先を探していると、メッセージが来た。

 送信主は掛川さんだ。『今から電話できますか?』という内容だった。


 出来るわけがない。

 そう思った瞬間着信が鳴った。当然出なかった。


「出られるわけないよぉ~……」


 一番迷惑を掛けたのは掛川さんかな。仕事で私の無茶を押し付けてしまったのだから。

 何も言わずに、自分勝手に。


「すごく思い悩んでる、私……」


 こんな時配信をしていれば気が紛れたけど、休止するって言ってしまった以上後戻りが出来ない。この進んだ先に何があるのか、想像が付かない。


 今も何度も着信が掛かってくる。

 こんな事ならワガママなんか言わなきゃよかった。

 だけど——


『——自分の好きなことをしろ。万が一活動出来なくなっても俺が何とかする……だから自分の気持ちに嘘を付くな、ワガママくらい言えばいい』


 シューチさん。私の“最初の”ファンであり、特別な人がそう言ってくれたんだ。

 あの人はきっと私を裏切らないし、ずっと味方でいてくれる。

 漠然とした自身だけど、私は甘えた……ってか、甘えざるを得なかったのかも。


「あはは、私の気も知らないで」


 きっとあの人は私がどう思ってるのか分かってない。

 ただの1ファンとしか思ってない。これまでずっと支えて貰ってた。


 支えてたなんて思ってないんだろうな、私が会いに行くまでは。

 ……いや、今も思ってないかも。


 まずこんな若くて可愛い女の子が家に来て家事をしてくれるのに、何にも思ってなさそうだし。……いや、子どもだって思われてる?

 おかしいなぁ……ちゃんとシューチさんのコメント読み上げてたはずなんだけど。


「ふふ……あれ、もっとシリアスになるべきじゃない?」


 いわゆる職場からの鬼電が鳴り続けているというのに、何を浮かれているのか。

 ちょっとヤバい子になっちゃった、自分?

 配信者は社会不適合者って言われてるのには慣れてる、既にそうだし。

 自虐ネタ増えちゃったね~。


「……あ、まだ通知来てる」


 昨日からスマホに触れずにいたから気付かなかったが、それ以前にシューチさんからの連絡がきていた。内容は『暇になったら飯作ってくれ』『ゆっくり休むんだぞ』と。


「なーんだ、やっぱりご飯作りに来てほしいんだ♪」


 憂鬱だった気分はいつの間にか軽くなっていた。シューチさんのおかげなのかな? そうだといいな……ううん、絶対にそう。


 シューチさんがご飯をねだってくれたことが、ただただ嬉しかった。

 それだけなんだ。


「うん! お休みの日はゆっくりしようかな……シューチさんの家で」


 自分はワガママになれない性格だと思ってた。

 けど、既にワガママのやり方を分かっていたことに気付いてた。


 もうお昼時だし何か作ろう。

 簡単なものだけど、シューチさんは美味しいって言ってくれる何かを。


『シューチさん、今日は何を食べたいですか?』


 メッセージを送ってから「突然すぎたかな?」「他に言うべきことあったかな?」と繰り返し考えてしまう。それほどまでに、彼と関わることが好きなんだと、感じていた。


 その返事を待ちながら、スマホを見つめていたけれど、しばらくしても何の反応もない。

 やっぱりさっきのメッセージ、ちょっと突然過ぎたかな……と考えていると、突然スマホが震え、新しい通知が画面を照らした。


 期待を込めて画面を見ると、送信者は掛川さんだった。

『彼の家ですね、今すぐ向かいます』とのメッセージが表示されている。


「……なんで掛川さんがシューチさんの家を知ってるんですか?」


 え、なんで? いつの間にシューチさんの家を知ったんですか?

 私の眼の中の光が薄れていく。


「いやいや、落ち着こう……」


 頭の中は混乱でいっぱいだったが、それでもすぐに動かなくてはならない。

 慌ててベッドから飛び起き、必要最低限のものをバッグに詰め込む。

 スマホに財布、鍵、余り物の食材に……研いだばかりの包丁。


 服を選んでいる間も、掛川さんとシューチさんが何をしているのか心配でたまらなかった。活動休止に関して何を言われるか、どんな顔をされるかよりも。


「私だって家にお邪魔するのに勇気がいるのになにあの人、仕事仲間だったけど冗談きつい、ちょっと無理になってきたかもしれない……」


 服を着替え終え、鏡の前で深呼吸を一つ。

 自分を奮い立たせると、玄関のドアを開けた。


 外は静かで、どこか秋の訪れを感じさせる涼しさがある。

 これから向かうシューチさんの家、そして掛川さんとの対面に胸がざわついた。


 やがてシューチさんの家が見えてくる。

 少し早足で進み、インターフォンを押す手が震えた。


 だけど、ドアが半開きになっており、予想通りシューチさんと掛川さんがいることが確認できた。

 この瞬間を逃さないために、深呼吸をしてから一歩前に踏み出す。


「お邪魔します——

 か……掛川さん、この際だから言っておくことがあります……へ?」


 この機会に思い切って彼女に不満をぶつけてやろう。

 いつもは掛川さんのペースに合わせてばかりだったけれど、今回ばかりは自分の言い分もはっきりと伝えなければ……と心の準備をして、これから始まるであろう長い話し合いに臨むつもりだったが


「は、はあぁぁぁぁぁ~~~っ!?!?」


 なんて日だ。

 私はもう一生立ち直れないかもしれない。

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