第12話 マネージャー

「うええ」

「おーよしよし、大変でしたね」


 いい大人が赤ちゃん対応されている。

 見た感じ俺よりは歳下に見えるのだが……まぁ、そんなことよりも


「誰だコイツは」


 少しだけ冷めた口調で尋ねた、少しだけ。

 すると紺は耳打ちをしてきた。


「わ、私のマネージャーさんです……」

「は……?」


 彼女は掛川美也子というらしい。

 話を聞く限り、仕事を押し付けられてここにきたらしい。


 ていうか、こんなヤバそうで情けない奴がマネージャーしているのか。まぁ人を見かけで判断してはいけない。仕事も相当大変なのだろう。

 と理解を示していると掛川が俺の方に視線を向けてきた。


「ずびっ……で、貴方はコンちゃんのなんなのですか」

「あっ」


 非常に大事なことを思い出す。

 それは俺と紺の関係性。

 マネージャーとなれば、紺の交友関係を把握しようとするはずだ。


「紺、この状況は分かってるよな……?」

「は、はい……!」


 つまり、俺と紺の関係がバレたらどうなるか分からない。

 ……何とか誤魔化さなければ。


「コイツとは知り合いで……」

「未来の旦那様です」

「おい黙ってろ」


 ……言った傍からこれである。

 軽く小突くと「痛いよう」と涙目になる。

 期待した俺がバカだった。


「え、旦那様……?」

「いや、そうじゃなくてな」


 あくまで冷静に対処しようとしたところ


「あぁー、自称嫁扱いしている痛い方ですか。なるほどですね」

「……」

「コンちゃんは今日も可愛いですからね」


 分かる、毎日可愛いよな。

 そうじゃない。


「おい待て」

「なんですか気持ち悪い男さん」

「豚でいい」

「……案外潔いんですね」


 バチャ豚だからな、そこだけは譲れない。

 それよりも


「痛い言動してる奴に痛い呼ばわりされるのは流石に傷つくんだが」


 紺に泣きついて愚痴っている大人だからな。

 だけど、俺を豚だと判断した瞬間、コイツの態度は冷たかった。


「あぁ失礼しました、確かに私は痛い女ですけど貴方も痛い豚であることは事実ですよね?」

「……まぁそうだな」


 反論できない。

 だが、どうしてこんなに開き直っているのか。


「まぁ良いですよ、貴方が何者であろうとコンちゃんの友達以上には昇格しないことは目に見えてますからね、せいぜい知人程度に収まるといいですよ、ははっ」

「渇いた笑いやめろ」


 そういう風に見られているのなら好都合かもしれない。

 だが、ここで爆弾を撒いてしまうのが紺である。


「あの、既に友達以上だと思うのですが……」

「え、コンちゃんどういうこと?」


 おい、と声を掛ける前に彼女は言ってしまう。


「だって現にこうして二人きりで出掛けているという事実があるわけで……好きでもない方と、ましてや異性と一緒に買い物をすることってあるのでしょうか」

「あっ……」


 すると、掛川は俺の肩を掴み、顔を寄せてきた。


「この豚が……っ、どういうことですか、説明しなさい……っ!」

「わかったわかった、だから離せ」


 とりあえず、ただの知人であることを伝えると安心し、納得したような表情を見せた。


「やっぱりそうですよね、こんな豚がコンちゃんの連れみたいな関係であるわけがないですもんね。せいぜい荷物持ちですよね、私には分かります」


 酷い言われようだが、そう思ってくれるのが一番良い。

 機械の知識などないのだから、荷物持ちという認識が妥当だ。

 だけど、紺は納得がいかないような、むくれ顔をするのはよく分からなかった。


「コンちゃんってあんまり機械の知識はない方だったよね」

「そうですね……何か良いのがあればと思ってきてみたのですが、私にはさっぱりわからなくて」

「うんうん、そうだよね。この男じゃ頼りないもんね」

「そんなことないですよっ、ナンパ除けになりますしすごく重宝していますっ!」


 荷物持ちからナンパ除けに昇格していた。

 まぁ、俺の扱いはあまり変わらないんだろうなと思いながら二人の話に耳を傾ける。


「だったら私が良いの教えてあげようか?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんだよ。まぁ……私なんかでよかったらだけど……」


 掛川は変な所でネガティブになる。

 だけど、紺はそんな暗い心を照らしてしまう。


「はいっ、じゃあ掛川さんのオススメのものを教えてくださいっ♪」


 すると、ぱぁぁと掛川の表情は明るくなり、鼻を鳴らした。


「ま、任せて……! 確か予備を探してるっていうからそこまで高いモノじゃなくてもいいんだよね?」

「はいっ、コスパの良いモノがあったら教えて欲しいです♪」

「も、もちろんよ……だって私が貴女を世界一のネットアイドルにしてみせるんだから……」


 ……随分と大きく出たな。

 褒められると調子に乗るタイプか。

 いや、でもマイナス思考の彼女は褒めて伸ばす方が良いかもしれない。


 そう思って二人の後をついていくと早速、掛川はとある商品を手に取った。


「コンちゃん、このマイクなんかどう?」

「どれでしょうー?」


 銀のワゴンの中に入っている処分品である。

 その中には型落ち品が数多く混ざっており、安くて性能が良いモノが数多く置かれている事が多いと掛川は言った。

 だからコスパで見るならば、見切り品を選ぶのが良いのだろう。


「これはコンちゃんにおすすめだよ……とても画期的なマイクでね、このスイッチを押したら……ほら、振動するの……!」


 なんか見たことある光景だなと思った。

 確かにマイクのような形をしていて、電源ボタンも同じ場所についている。


「わぁっ……すごい震えてますね!」

「そうでしょう……? ふふふ……」


 ヴヴヴと震えるマイクがあるのか、邪魔な機能ではないだろうか。

 しかも、どこか色合いがおかしいなと思った。

 商品名を見れば『スライヴ』と書かれていて——


「——そんなマイクがあるわけないだろうがっ!」


 思わず俺は掛川の頭を叩いてしまう。

 コイツも紺と同じように、電マをマイクのように紹介していたからだ。

 一体何を考えているんだコイツらは……。

 俺は呆れてモノを言えない始末であった。

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