第18話 料理対決!②

 市場から戻り、俺の家ではなく紺の家へと到着した。

 理由は単純明快、部屋が狭いから。

 紺の部屋は明るく広々としており、二人が快適に調理するのに十分な広さがある。


 ……お金が溜まったら引っ越そうと思った。


「さて、早速取り掛かりましょうか♪」

「そだね~。あっ、シューチくんは覗いちゃダメだよ。覗いてきたら「きゃーえっち!」って言わなきゃいけなくなるから」

「中で何が始まるんだ」

「それ聞くのはセクハラだよ~!」


 何故か伊豆さんから批判を受けてしまう俺。


「なるほど裸エプロンで調理するんですね……流石先輩、視聴者の心を掴むのが上手です……!」

「いや二人ともガワを使って配信するんだよな?」

「気合いの入れ方が違うってことですよ! ……シューチさんに見てもらう為に私も見習わなくちゃ」

「変な気合いを入れるな、こら着替えようとするな」


 紺は伊豆さんを尊敬の念で見つめているが、伊豆さんは「別にそういう意味で言ったんじゃないけどね……」と呟いていた。適当に言っていたらしい。


 閑話休題。

 今夜のメインイベントは、新鮮な魚を使用した料理対決。

 俺は審査員役を務めることになっており、その役割には内心期待していた。

 そりゃあ、これだけ食事を待たされたんだからな。


 紺がカメラの前で配信を開始すると、彼女の声が室内に響き渡った。


『こんばんは〜今日は特別に、事務所の先輩と料理対決をすることになりました!』


 紺の明るい声がスペースに満ち、画面越しにもそのエネルギーが伝わってくる。

 視聴者たちのコメントが次々と流れ、「頑張れ!」「おいしそう!」といった声が支持を示していた。


 一方で伊豆さんも自分のチャンネルで配信を始め、彼女の固有の魅力である親しみやすさを前面に出していた。


『やっほー未来の旦那様たち♪ 今夜はコンちゃんと一緒に美味しい料理を作っていくよ』


 という、なんともガチ恋を作ってしまいそうな彼女の挨拶に、ファンたちは興奮を隠せない様子だった。


「すごい待ってた!」「会いたかったよ」「ありがたや、ありがたや……」


 クセの濃いファンが多い気がする。

 だけど、コンちゃんの配信ばかりではなく、たまには違うのも見てみようと思って伊豆さんのも観ることにした。良い機会だしな。


 配信が進むにつれ、二人はそれぞれの台所で巧みに食材を扱い、料理の進行を見せていった。紺はレシピに沿って、手際よく料理を進めていく。彼女の料理は、見た目にも美しく、コメント欄では「自分も食べたい!」といった声が多数寄せられていた。


 伊豆さんの方は、視聴者を楽しませるための小さなジョークを交えながら料理をしており、そのユーモアが視聴者を引きつけていた。


「ていうか、伊豆さんの活動名って——だったんだな」


 しかもガワも可愛いし……っていやいや、何を言っているんだ俺は。

 俺の推しはコンちゃんだけだ。


 とはいえ、少々見てしまっている自分がいる。

 新鮮であるのもあるが、なかなか引き付けられるものがあるのだ。


 そして、視聴者からのチャットが画面を通じて飛び交う中、あるスパチャのコメントが、空気を一変させた。


 ——『$20:※※を入れてください』


 くだらないスパチャが流れてくる。

 これは一見すると無害なジョークのように見えたが、実は料理には不釣り合いな調味料を加えるよう要求するものだった。


「はぁ、何言ってんだコイツ」


 こんなバカげた要求に、果たして誰がマジメに応じるものか——


『おっけー、じゃあ入れるねっ♪』

「……は?」


 伊豆さんは軽快に応じ、画面越しににっこりと笑いながら、台所から奇妙な調味料を取り出し——


「おい、誰が食べるのか分かってんのか?」


 ——さささっ。

 迷いなき大さじ一杯が注がれてしまうのだ。


 その行動に俺は内心で驚愕してしまう。

 しかし、彼女はそれをものともせず、さらに別の高額なスパチャを受け取り、視聴者の要求に応え続けた。


『¥5000:数の子はありますか? なければわかめを添えるというのはどうでしょうか? それか——』

『あーあるある! ついでに買ってたんだよね~よしどぼーん♪』


 伊豆さんは気さくに調味料を投入していく。


「おいおい、そんなことしたら味付けが……」


 この場面は、料理対決という名の下で展開される異常なショーであり、視聴者との境界が曖昧になっていく。

 過激で奇抜で派手という三大要素——炎上商法に近い要求が、彼女の料理を単なる料理以上のエンターテイメントへと昇華させていた。


「この企画さえも踏み台ってことか……!?」


 俺は心配しながらも、伊豆さんのチャレンジを見守るしかない。

 この料理対決は、ただの料理の腕前を競う以上のものになりつつある。(よく言えばな)


 それは、それぞれがどれだけ視聴者とのコミュニケーションを取りながら、自分のスタイルを貫けるかというモノでもあったのだ。


「……やっぱ推すのはコンちゃんだけだな」


 ポチッと伊豆さんの画面を切って、コンちゃんの配信画面だけにした。


『やーん、うろこが腕に付いちゃいましたぁ~><』


 彼女の愛らしい失敗に、視聴者は「助かる」「羨ましい」「取ってあげたい」と熱狂していた。

 そんな幼気で愛嬌のある反応に、俺は思わず


「——かわいい~~~ッッ!!♡♡」


 いつぶりだろうか、俺は叫んだ。

 まるで初めて恋に落ちたかのような、ほろ苦くて甘い感情が心を満たしていく。


 キッチンから遠く離れた角で何かが動く音がしたが気にせず、ただ紺の画面を見つめ続けた。


 しょっぱいものを食べた後に甘いものが食べたくなる。

 今はそういう気持ちなのだ。

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