第44話 すぐそばにいることを実感できる存在へ

「俺はお前のことが好きだ——ずっと好きだった」


 恥ずかしく、今や耳が紅くなっている感覚。

 プライドも意地もへったくれもない、ありのままの言葉を紺に伝えた。


「だけど自分に自信がなくて、怖くて逃げて、お前を避けようとしてた」

「……はい」


 俺は押し殺していた感情を露わにし、続ける。


「ただ恋愛が怖くて仕方なかったんだ。しかもどんどん人気になっていくお前と一緒にいるのが辛かった。そばにいる時間が続くたび、一緒にいちゃいけないんだって事を忘れていく自分が怖かった……ごめん」


 紺は言った。


「昔の恋愛を引きずってる……ですか?」

「聞いたのか?」

「はい、だから伊豆さんとの状況を重ねて、思い出しちゃうんですよね」


 紺は理解してくれている。

 だからこそ、深く頭を下げた。


「本当にごめん、だから……その……」


 その続きを、本当に言っていいのか躊躇ってしまう。

 また拒絶されたらどうしようと、身体が覚えてしまっているのだ。

 続きを急かさないでいてくれるのか、紺は話し始める。


「……私とっても嬉しかったです、あの時のことを思い出してくれて」


 オフ会0人事件——俺と紺が初めて出会った時の話だ。

 よく紺の切り抜き動画で流れてくる話題で、俺も認知はしている内容だったがまさか自分が当事者だったとは思わなかった。

 正直、配信上のネタ作り——いわば嘘だと思っていたから驚きである。


「まぁ……思い出したのは本当につい最近なんだけどな」


「なんで覚えてなかったんですか? あんな衝撃的なことがあったのに!」

「衝撃が強すぎてなんともだな……警察沙汰になったから俺にとっても忘れたい事件だったんだよ」

「でも、私は救われたのになぁー?」


 紺は葛藤に苛まれる俺の顔を覗き込む。

 そしてクスリと笑って言うのだ。


「あの時のイカ焼きは美味しかったですよ♪ ただ私じゃなかったら受け取ってなかったかもしれませんが」

「そ、そうだよな」


 まぁ、そのチョイスは未だに謎だし俺にとっての黒歴史を連発している所でもあるが、紺は非常に幸せを感じているようだ。


「何度も言いますけど……私は嬉しかったです」


 彼女は胸に手を置いて語り出す。


「あの時私に元気や勇気をくれて、まだ活動を続けてもいいんだって思わせてくれた一番のファンです。これまで続けてこれたのは貴方のおかげ……だから恩返しって。そのつもりだったのに、いつの間にか——」


 ドクンと胸が重たく鳴った。

 紺の切ない仕草が愛おしくて、苦しくて。


「——私もシューチさんと同じくらい好きになってました。

 いつもワガママ言っててごめんなさい、だから……あっ」


 唐突に、強引に引き寄せた。

 その小さくてひ弱な身体を——それが女の子の身体というやつだった。


「今回のこれは、一体なんでしょう……?」


 俺は少し視線を逸らして言う。


「ちょっと恥ずかしいけど言った方がいいか?」

「当然ですよ、言わないとただ女の子の身体を抱きしめてセクハラしている男性にしかならないですよ……?」

「確かにそうだな。捕まるかもしれない」

「そうならない為に言わなくちゃダメです。世の中の9割が口にしないと伝わらないことばかりですよ」

「でも、都合よくその1割に当てはまらないか?」

「どれだけ口にしたくないんですか」

「は、恥ずかしくて……」


 ヘタレすぎるだろうか。

 しびれを切らした紺は呆れて言った。


「……もう、早く言ってください」


 紺は俺の服の胸辺りをぎゅっと掴んで言うのだ。

 待っているのだ、その気持ちを無駄にしてはいけない。

 ……俺は目を見て言った。


「紺——好きだ、お前のことが大好きなんだ」

「はい……!」


 好きという言葉を口にすると、俺の心は軽くなり気持ちがスラスラと出てくる魔法のようだった。


「俺もお前と同じくらい好きだし、ずっと一緒にいたい」

「私もですよ」


 彼女も同じ気持ちでいてくれる。

 これほど嬉しいことはないんじゃないか。


「こんな臆病で世間体とか気にする程度の小さい男だけど、一緒にいてくれないか?」

「それって結婚ってことですか……?」


 少しだけドキッとした。

 今結婚という話に乗っておかないと勿体ない気がするけれど、俺は言った。



「ちょ、ちょっと気が早いと思うから、段階を踏んでいかないか?」

「そうですね、じゃあ段階を踏みましょう。シューチさん、少しかがんでください」


 何の段階だと思いつつも、紺の要求に応えた。


「こうか? ……んっ!?」


 とても柔らかいモノが唇に触れた。

 一度味わったことがある。

 けれど、一度じゃ飽き足らない非常に甘い味だった。


「えへへ……♪」


 紺は軽く笑う。

 そして深く息を吸い込み、やがて小さく頷いた。


「私も、シューチさんのことが……好きです」


 紺の声が震えていたが、その言葉は確かなものだった。

 やがて彼女の目が穏やかになり、もう一度口づけを交わす。


「シューチさん、さっきは逃げちゃってごめんなさい」

「俺だって逃げたからお互い様だ。でも怖いよな、相手の気持ちが分からないって……でも俺は紺と一緒に乗り越えたいんだ」

「分かりました。一緒に乗り越えていきましょう?」

「もちろんだ、よろしくな」


 そして、静かに俺たちは互いの身体を寄せ合った。

 こうして、俺たちの関係は


 ——『手の届かない憧れの存在』から

『すぐそばにいることを実感できる存在』へと、変わった。


 まだまだ乗り越えなくてはいけない壁はあるのだが

 今はこうして、静かに幕を引くつもりであった——


―――――――――――――――――――――――


 いつも読んで頂きありがとうございます!

 急に休載してスミマセン。

 毎日投稿が難しくなりつつありますが、頑張ります。

 またノートにでも近況を書かせて頂きます。

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