第34話 できること

 飯を食い終える頃には、イズミとはほどほどに打ち解けた。

 だが、紺を奪ってしまったという事実は彼女の中では変わらないので、まだまだ噛みつかれてしまう。

 きっと前世は噛み犬だったのだろう。

 優しく接してあげねば。


「ところでシューチ」

「なんだ?」

「ちょっとスマホ貸しなよ」


 といって、俺のスマホを奪ってきた。

 そのまま操作をし始めると、顔をしかめる。


「チッ……紺ちゃんと連絡取りやがって……」

「そこまで連絡取ってないから安心しろ」


 最初に見るのがそれかよ。

 ってか、人の連絡先なんて見なくてもいいだろ。

 そんなに嫌なら消せよと言いたかったが、流石に紺とのやり取りが消えるのはもったいない気がして言わなかった。


「ふーーん。お前、紺以外に女友達いないのかよ」

「失礼すぎるだろ」


 他の女の連絡先と言えば、焼津先輩か。

 きっと『上司』と入力してあったので分からなかったのだろう。


「クスクス、だったら仕方ないな~」


 すると何かを入力しているではないか。


「おい、人のスマホで変なことするなよ」

「してないしてない、可愛そうだからアタシの連絡先を入れてやってんだよ」


 そしてポイッと俺のスマホを投げてきた。

 最近のスマホは高いんだから大事に扱ってくれ。


「本当だ、御殿場イズミって書いてある」

「ちなみに本名じゃないからな」

「知らなくて結構だ」


 そもそも、むやみやたらに紺以外にVtuberの知り合いを増やしたくない。

 ファンに迷惑が掛かる。


「ま、何かあったらこれに連絡しろよなーアタシが相談に乗ってやるから☆」


 そんな機会はないだろうし、交換した意味あるのか?

 まぁ、いいけどさ……。


「アタシからは連絡なんてしないと思うけどさ」

「なんでだよ」

「だってお前ゲーム下手そうだし」


 つまり、遊び相手にはならないというのだ。

 こっちはゲームなんかやってる時間がないんだよ。

 だから言い返してやった。


「お前はゲームが上手いかもしれんが、俺は仕事上手なんだよ」

「残業時間を越えて働いておいて何が仕事上手なの?」

「え」


 追撃がきた。


「世渡り上手とでも言いたかったの? でもブラックな会社に働いてる時点で世渡り下手くそだよね。仕事のやり方も下手くそなんじゃない?」


 グサッ。

 常々思っていたことを言われた。

 ぐうの音も出ないとはこのことだろうか。


「むしろ生きるの下手そう。ざーこざーこw」


 やめてくれ……

 間違いない。仕事の一つで人生のあれこれを損しているような気がするのだ。


「イズミちゃんダメですよ!」


 天使が現れる。救いの手が差し伸べられると思ったら


「シューチさんみたいな方々がいるから私たちは輝けるんです!」


 嬉しいような、嬉しくないような……


「それに、そういうことは言っちゃいけません! お口チャックです!!」

「うっ……分かったよ……」


 どうやら紺には頭が上がらないらしい。

 イズミは俺にも少しだけ頭を下げて謝ってきた。

 紺は良い子だなぁ……。


「それじゃあアタシは帰るよ、じゃあね~」


 先にイズミが帰っていく。

 そして紺に視線を向けると、申し訳なさそうな顔をしていた。


「あ……今日は一緒にご飯を作れなくてごめんね?」

「いいんだ、今回は俺がヘマをしてしまったせいだ」


 元々俺に料理を教えるつもりだったのにと、紺は悔やんでいる。

 だけど、イズミのことを蔑ろにするつもりもなさそうだ。


「イズミちゃんはいつも私のことを気に掛けてくれるんですよね。でも、まさかこんな所にまで出てきちゃうなんて思わなかったなぁ……」


 その苦笑している紺に


「でも好きなんだろ?」


 と尋ねると、照れくさそうに言った。


「は、はい……って何言わせるんですか。イズミちゃんとは、び、ビジネスですよっ」

「そこは譲らないんだな」


 まぁでも、お互いに好き同士であるのは理解した。

 だからこそ、二人のてえてえ姿というのはネット民に需要があるのだろう。


「じゃあまた、一緒にご飯を食べましょうね」


 紺の別れの言葉だった。


「あぁ……」


 別にもう会えないわけじゃない。

 だけど、少しだけ歯切れの悪い返事をすると


「どうしたんですか?」


 と、紺に聞かれてしまった。


 ……俺は少しだけ不安になった。

 もう十分に恩を返して貰っている。

 美味しい料理に、楽しい時間まで提供してもらって、俺は何を返せばいいんだろう。

 これ以上に貰えるというのは贅沢すぎやしないだろうか、と。


「あの、さ……」

「はい?」


 紺に踏み込んでいいのかと躊躇った。

 だけど、貰ってばかりでは俺が許せないのだ。


「なぁ紺、お前に出来ることはないか?」

「え?」


 紺に神妙な顔をされてしまった。


「いや、いつも料理を作って貰ってばかりで悪いからさ」


 だけど、いつも通り。

 紺の答えは変わらなかった。


「シューチさんには特に何もしないでも大丈夫ですよ、だって私が勝手にやっていることですから♪」

「それでもだな……」

「いつも応援してくれているじゃないですか。それだけで私は十分満足してるんですよ♡」


 紺ちゃんは今日も可愛い。

 だけど、今日の俺には辛かった。

 イズミがやってきたからだろうか。

 心境が変化してしまったからだろうか。

 実際のところは、俺にもまだわからない。


 だけど、俺は少しだけ申し訳なさみたいなものを感じてしまったのだ。

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