第34話 配信企画
紺と掛川が料理をしている間、俺は本来の目的である片付けをし始める。
段ボールの荷ほどきがあまり終わっておらず、とりあえず一気に段ボールを開け、片付けを終わらせようとした。
片付けが進む中でクローゼットの扉を開けた瞬間、ふと目に飛び込んできたのは昔の写真。その一枚の写真は、静かに時間を切り取って保存していた過去の断片を俺に見せつける。
その瞬間、懐かしさと共に、なんとも言えない
写真の中で笑う二人は、今はもう遠く離れた場所にいるような気がして……。
時間の流れには逆らえず、人は変わり、状況は変わる……自身の過去に思いを馳せながら、その感情を噛みしめた。
いつの間にか、紺と掛川の笑い声が遠く感じられ、その空間だけが切り離されたような、不思議な感覚に包まれていた。
「……腹減ってきたな」
作業中、キッチンから匂いが漂ってくるので集中出来ない。
どんだけ紺の料理を待ち望んでいたんだよって感じだな。
「シューチさーん、できましたよ~♪」
「え、はやっ」
のんびりやりすぎたのだろうか、まだ半分も片付いていない。
「来る前から準備していたんですよ、ほら来てくださいっ♪」
思ったよりも早く料理が完成し、紺と掛川が手を洗い終えてリビングへと向かうと、テーブルの上には色とりどりの中華料理が並んでいた。
「今日はですね〜」
紺が得意げに説明を始める。
「ギョウザにシュウマイ、麻婆豆腐に青椒肉絲……」と、彼女の声にはわくわくした調子が含まれている。
「いやいや、多すぎるだろ」
俺は半ば呆れながらも、心からの感謝を込めて言った。
目の前に広がる料理の山を見て、いつもよりずっと多いことに少し驚かされた。まるで小さな宴会のようだ。
テーブルは熱気と香りで満ち溢れ、そこに並ぶ料理一つ一つからは手作りのぬくもりが伝わってくる。柔らかな蒸気、焼き物から立ちのぼる熱い香ばしさ、冷たいデザートの甘い芳香が混ざり合い、空間全体を彩っていた。
それぞれの料理が丁寧に作られ、その一皿一皿に込められた情熱が、ただならぬ満足感を運んできた。
「この服を着てたら気合いが入っちゃって……」
そっかー紺は可愛いなぁ、はは。
……いや何考えてるんだ俺は。
「いつからこんなご馳走を考えていたんだ?」
「数日前からですね」
「それは俺一人来ると仮定して……食べきれると思ったのか?」
首を傾げて困ったように言う紺。
「でも、私の言う事なんでも聞いてくれるじゃないですか……」
いつ俺がなんでもお願いを聞くと言った。
……だが、俺は紺に甘い所がある。
しかも、このしおらしい態度を見せられれば許すしかない。
「まぁ、今日は掛川もいるから何とかなるか」
紺を甘やかすのは良くないけど、そういうことにしておいた。
そんな掛川だが
「わ、わ……っ、コンちゃんって、相変わらず料理が上手なんだね……へへ……」
小動物のような反応が全く似合わず、少し毒を吐きたくなってしまった。
「なんだ、お前も食うのか?」
「当たり前でしょう、私だって手伝ったんですから!」
彼女が手伝ったから出来上がるのが早かったのかもしれない。
そうなのか? と紺に視線を向けてみると
「そうですね、既に作った料理を盛り付けてもらいましたね♪」
「料理を手伝ったことに入るのか?」
「ならないですねっ♡」
ならないじゃねえかよ。
そう思って掛川を見るも
「ハァ、ハァ……どれから食べよう……こ、コンちゃんはどれから食べるぅ……?」
紺の毒舌が全く効いていない。こいつは本当におかしい奴だ。
まぁ、長い付き合いだから当たり前になっているのかもしれない。
「もしかしてシューチさん……まだお腹空かないんですか?」
「いや、もうぺこぺこだ」
「ふふっ、じゃあ食べましょう♪」
片付けは後でいいだろう。早速席に座って手を合わせた。
「「いただきます」」
それぞれが食べたいものから食べ始めた。
紺の料理はどれも美味しくて箸が進む。
「ん~っ、やっぱりコンちゃんの料理は美味しいわね~♡」
「あ、ありがとうございます……!」
掛川が褒めるもんだから、紺が少しだけ戸惑っていた。
「本当に美味しいよ」
「えへへ……嬉しいです♪」
俺が褒めると、素直に嬉しそうにする紺。
やっぱりこの反応の差はなんだろうなと考えてしまう。
「シューチさん、今日はたくさん食べてくださいね♪」
「あぁ」
やっぱり今日も美味しいなぁ……そう思いながら箸を進める。
すると、唐突にも掛川が話を切り出した。
「そうだコンちゃん! 今日私が来たのは理由があってですね!」
「へ……?」
彼女の声は明るく、目には何かを語りたげな輝きが宿っていた。
紺は少し戸惑いを隠せない表情で彼女を見つめる。その反応を見ても、彼女は臆することなくカバンから何かを取り出し始めた。
ゴソゴソと音を立てながら、彼女が取り出したのは、パワーポイントでキレイに作られた資料の数々だった。
「あ、案件を持ってきたの……! 最近のコンちゃんは企画が少ないし、ネタが偏ってきてるから……き、企業さんもね、喜んでお願いしてくれたんだよ……!?」
案件とは、企業側が宣伝したいモノを配信者に頼んで紹介してもらうモノ。
つまり、紺にとっての仕事である。
「え、えっと、またですか……?」
唐突な仕事の話に困惑気味な紺だが、掛川は続ける。
「そう、やっぱりコンちゃんは配信者として十分な才能があるから、こういう案件はたくさん受けて、各方面から認知度上げて行かないといけないからね……っ!」
鼻息を荒くして語るのだが、困ったような表情を見せる紺。
「でも私、やりたいことが他にもあるんですけど……」
「だ、だめだめ……っ、コンちゃんは今が大事な時期だし、それにもっとね、私たちを頼ってほしいのよ……!」
掛川は仕事熱心なのだろう。
やや一方的にも見えるが、紺を想ってのことでもある。
少し雲行きが怪しくなりそうだったので、俺はフォローを入れた。
「紺、せっかく持ってきてくれたんだし受けてみたらどうだ?」
紺は少しだけ険しい顔になる。
長く配信業をやっているのだから、配信に対する信念のようなモノがあるのかもしれない。少しだけ悩んだ末、紺は口を開いた。
「……わかりました。でも、条件があります」
「ん? なにかしら?」
ご飯を飲み込み、彼女はこう言った。
「案件をこなすのはいいんですが……お仕事として受けるなら、報酬は不要です」
「……え?」
俺も掛川も、紺の言葉の意味がわからなかった。
仕事である以上、お金を貰うべきではないのだろうか。
「待て待て、どうしたんだいきなり」
俺が諭しに入ると、少しだけ冷たい声色に変わった。
「認知度を上げるのも分かりますけど、結局はお金の話なんですよね」
「い、いやそうじゃないよ……? これはコンちゃんに知名度があるから降りてきたお仕事なわけで……」
「まぁ、そういうことになるんですよね」
仕方ないですよね、と言わんばかりな態度。
「じゃあせっかくお仕事を持ってきてくださったんですから……報酬はいりません。掛川さんの懐にでも入れてください」
「で、でもコンちゃん……! お金はあった方がいいよ……?」
「私は別に困っていませんから、もう……」
最後に何かを言いかけたが、お金をもらうことを嫌う紺。
そんな彼女は、どこか寂しそうに見えた。
「あっ、お金の話なんてイヤだよね……お、お金も大事だけど、コンちゃんにはもっと大事なことがあると思うの……」
ピクリと反応する紺。
「……大事なことって、なんですか?」
「だから……その、えっと……!」
掛川が言葉に詰まっていると、紺は箸を置いて立ち上がった。
そして彼女はこう告げる。
「ごちそうさまでした。私、今日は荷物の片付けをしないといけない日なので、二人で食べててください」
「え、あ……」
「余ったらシューチさん持って帰っていいですからね」
紺はそそくさとリビングを後にしてしまう。
……かけるべき言葉を間違ってしまったのだろうか。
そう、俺は少しだけ気掛かりで仕方なかった。
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