第33話 チャイナ服
「お待たせしました~♪」
そんな時、救いの手を差し伸べられる。
着替えを済ませた紺が、奥の部屋からやってきた……と思ったのだが、チャイナ服には変わりなかった。
変わった所は、その衣装が赤色から青色に変わっただけ。
「どうですか? 似合ってます?♪」
格好に慣れたのか、恥ずかしそうな素振りは一切感じさせない。それどころか、俺と目を合わせる度に微笑みかけてくる。
「あの……着替えたので何かを言って頂きたいのですが」
「えっと、チャイナ服姿を見られて恥ずかしかったんじゃないのか?」
「赤色だと情熱的過ぎるかなぁと思って、見ないで欲しかったんです」
色合いが恥ずかしかったのか、なるほど、さっぱりわからん。
チャイナ服に身を包み、頭にはお団子を二つ作っていた。
それがまた彼女の大人っぽさを醸し出しており、彼女の魅力を最大限に引き出していて、見るたびにドキリとする。
だから俺はこう答えた。
「そっか、でもどっちも似合ってるぞ」
「えへへ……ありがとうございます♪」
俺の言葉に照れ笑いを見せる紺は、正直言って可愛すぎた。
チャイナドレスを見事に着こなしているからか、俺の目には紺自身が着こなしている様にも見える。
「何それ?」
掛川は呆れた顔で俺を見ていた。
「あ、いや……まぁ可愛いなぁと思って」
「だからっていい歳したオッサンがデレデレする? コンカフェじゃないんだから」
「分かってるからそんな指摘してくるな」
まったくただ手伝いに来ただけなのになんでこう言われなくちゃいけないんだ。
紺を見た代償的なやつかな?
「それで、このあとどうします? まだお店は開いてないんですけど」
「そうだな……って本当にコンカフェなのかよ」
すると鼻息を鳴らした紺がニヤリと笑う。
「ですねっ、私のカフェなので“紺カフェ”ですね♪」
俺が言いたいのはコンセプトカフェの略だったんだが。
呆れる俺をよそ眼に掛川が紺を褒めちぎる。
「流石のトーク力! 話題の拾い方が上手すぎる! やっぱりコンちゃんは可愛いだけじゃないっ♡」
目を輝かせたその姿は推し活に励むファンのようでもあった。
「で、なんで今日はそんな格好をしてるんだ?」
「それはシューチさんに手料理を振舞うためです!」
「まぁ、何となく飯食わせてくれるのは察したが、チャイナ服との関連性が分からない」
「それはですね……中華料理を作る準備をしていたからです!」
デデン! と自信満々に答える紺に深く尋ねてみる。
「チャイナ服着てれば料理が上手くなるのか?」
「いえ、そういう訳ではないんですけど……この格好をすると、シューチさんの喜ぶ姿が見れるからですよ♪」
なるほど、確かに可愛い女の子のチャイナ服姿は嬉しい。
というか普段とのギャップが凄くてドキッとする。
紺は頬を紅く染めながら俺に笑いかけた。
「だって……私をいっぱい見てもらいたいし……」
「ん? 何か言ったか?」
「なっ、なんでもないですっ! もうシューチさんのバカ!」
さっきまでの大人っぽさは何処へやら。紺は俺に罵声を浴びせると、プンスカ怒っていた。そんな表情も可愛いと思える俺も相当だ。
「はぁ、どうしてこんな奴に……紺ちゃんが……ッ」
そして、隣では掛川が深いため息をついていたのだった。
ここまで言われてしまうと、そろそろ色々な意味で我慢の限界を迎えそうだった。
「なぁ紺、掛川の存在を忘れてないか……?」
先ほどから空気になりつつある掛川の視線がとてつもなく痛いのだ。
また首を絞められるかもしれない恐怖に駆られている。
「……よく分かってるわね、そろそろ刺してやろうかと思ってたところなの」
紺の好意は嬉しいが、ギチギチと歯ぎしりを鳴らす掛川を放置できなかった。
なんかヤケに紺が掛川をそっちのけにして俺に絡むので、少々板挟みに合って気まずい気持ちを抱えている。
「だめですよ掛川さん~。シューチさんだって男の子なんですから、ブヒブヒ言わせてあげないと」
「そういうフォロー入れて欲しいんじゃないんだよ」
それをどういう風に受け取ったのか、掛川がヒスり気味で言う。
「え、何? 私がいたら邪魔だって言いたいの?」
「そこまで言ってないから落ち着いてくれ」
紺はそんな俺たちのやり取りを見てクスクスと笑っている。
そして、紺は掛川の腕を急に引っ張りだした。
「さぁ、それじゃあ調理を始めましょうか! 美也子さん手伝ってくれますよねっ?♪」
「あ……うん、コンちゃんのお手伝いなら、なんでもする……ふふ、ふふふふ……」
そう言って紺たちは台所に移動すると、早速準備に取りかかり始める。
「なんだ、二人とも仲良いじゃないか」
その姿を見て、俺の心配は杞憂に終わった。
やっぱり演者とマネージャーなのだから、良い関係でいないとダメだ。
だからそれは、俺にとって嬉しいことでもあり、二人が楽しそうで良かったと思う。
「じゃ、じゃあ、わたしは向こうを手伝ってくるから……」
そんな時、急に引っ張られていた掛川が俺に微笑みかけてくる。
「まぁ、貴方がどういう人かは分からないけど、コンちゃんを見ててくれてありがとね」
それは笑顔であったが、その笑顔に裏があるようにも見えた。
「いえいえ、お手伝いとして当然のことをしたまでだ」
「ふふ……そっかぁ……」
しかし、すぐに掛川は紺の手伝いを始めたので、この違和感の正体を俺が知ることは無かった。
ただ、彼女が最後に残した笑みがどういうものだったのか、今の俺には知る由もなかった。
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