第16話 料理対決!
逃げようとする紺を捕まえて説得すること数十分。
ようやく落ち着いてくれた。
「なんだ早く言ってくださいよ~」
「言ったけど聞かなかったんだろうに」
俺は彼女のいつもの行動パターンに苦笑いを隠せない。
紺はいつもこんな感じで、一見すると大変に見えるが、何となく愛嬌がある。
しばらくした後、しょぼーんとした表情で紺は言った。
「だけど今回は先輩がいたので流石に出しゃばりづらいです……上下関係を気にしちゃう性格なので」
「Vにも上下関係があるのか」
少々初耳だ。
「はい、デビュー日が早い事はもちろんですし、登録者数なんかも上を行かれていると発言権ないので」
「極端すぎだろ、お前たちは現実世界のしがらみが嫌でネットで活動してるんじゃなかったのか」
「残念ながらネットの世界も甘くなかったです。なので先輩には半歩後ろをついてくるように心がけています」
「お前はおしとやかな彼女か」
伊豆さんも少々呆れている。
「登録者数はコンちゃんの方が上だからね?」
「うーんと……私は最初下積みを経験せずにデビューしてファンを獲得してしまったので、何となく先輩には気が引けるんですよね」
紺は複雑な心境を明かすが
「じゃあシューチくんを私にくれる?」
「それは嫌です!」
これには即答だった。
こういう流れ止めて欲しいなぁと俺は眺めることしか出来ない。
だけど、その後の会話はなんとも和やかで、二人がじゃれ合う様子がなんとも微笑ましかった。
「それでさ~コンちゃんはシューチくんの家に何しにきたの?」
ニヤニヤ笑いながら尋ねる。
「動画撮ったんですけど編集がめんどくさ……じゃなくって、編集のことを聞きたくて」
「おーい、ちゃんと本音が聞こえたぞ」
だが、伊豆さんは紺の荷物に疑問を覚える。
「でもさーなんでカバンの中に野菜が入ってるのー?」
そりゃ誰もが疑問に思うよな。
だって編集してもらうだけならパソコンかデータだけでいいのだから。
「シューチさんは豚で野菜不足なのでちゃんと食べさせないとっていう使命感ですかね?」
「一言多かったぞ」
俺の自虐ネタを思い出させやがって。まぁ今でも豚だが。
「なるほど、V豚のシューチくんに編集を教えて貰う代わりに料理を振る舞うってことなのね。えらーい!」
そこで上手いこと勘違いをしてくれたのだが
「いえ、料理はいつものことなので」
「いつものことー?」
「あっ、いやいつもじゃなくてだな」
あぁもうバレるんだろうなと思いながらも、僅かながらの抵抗スイッチが入る。
フォローを入れて誤魔化した。
「もしかして2人って付き合ってるの?」
「いや違う、実はだな——」
伊豆さんに正直に話した。
俺が投げ銭じゃなく、贈り物機能でとんでもない量の貢ぎ物(食料)を送っていたこと。
厄介オタクであることをちゃんと言った。
「つまり、俺に恩返ししたいからって料理をな、別に俺はいいって言ってるんだけど」
まぁ編集を教えるっていうのは良い口実かもしれない。
その答えに「ふぅーん」と意味深な言葉を呟くなり伊豆さんは言った。
「じゃあ私も料理してあげよっかなぁ」
「はい?」
腕をまくっている伊豆さん。
「料理できるのか?」
「舐めないでよ、これでも女の子なんだからっ♪」
鼻を鳴らす伊豆さん。
そして、事態は思わぬ方向へと進んでいった。
「コンちゃん……料理対決よ!」
「え、えぇっ!?」「はぁ??」
俺たちは同時に驚いてしまう。
「どっちがシューチくんのお腹を満足させてあげられるか……料理対決だよっ♪」
「おいおい」
それに対し、ノリノリな紺。
「ついでに動画撮りましょう! 良い撮れ高があるかもしれないので」
紺はちゃっかりしてるなぁ。
まぁ、料理動画作りたいとも言ってたし、良い企画だろうけど……。
「で、シューチくんは撮影してくれるんだよね♪」
「暇人だからって都合よく扱いやがって……」
これは俺も手伝うことになるんだろう、知ってた。
俺はぼやきながらも「じゃあ撮影は俺がするから、二人は料理な」と彼女たちに指示を出し、「はあーい」「楽しみにしてる」という返事を受け、再び彼女たちの準備の様子を見守るのだった。
◆◆◆◆
心地よい波の音が耳に心地よく響き、海からの風が磯の匂いを運んでくる。
どこか原始的な帰巣本能を刺激するような空気が、ここ——海辺の卸売市場に満ちていた。
「……で、なんでここに?」
俺は疑問を投げかけながら、広がる市場の賑わいを眺めていた。
俺たちは、なぜかこの広大な市場に立っている……。
家からは相当な距離があり、ここは海の近くに位置する。
というのも、この日の移動手段は俺が提供したからだ。
——食材が必要とのことで。
「仕方ないじゃん~料理対決とは言ったけど、食材がないんだものー!」
伊豆さんが答える。
「そこらのスーパーでいいだろ」
俺は提案したが、伊豆さんは即座に反論する。
「ダメだよ〜シューチくんには美味しくて新鮮な食材を振舞わなきゃいけないから♪」
「新鮮なのは料理だけでいいんだよ。」
彼女は元気いっぱいに言い、僕はただ苦笑いを返すしか出来ない。
そんなやりとりの中、伊豆さんは声高に言った。
「さてさてー今回のお題は…これ!」
彼女が掲げたのは、金額は1000円以内で収めるというチャレンジだった。それに対して、紺も負けじと意気込みを見せる。
「やる気が漲ってきます……!」
紺の目はまるで戦いに挑む勇者のように輝いていた。
貧困系VTubeの彼女にとって、節約とは生活の一部であり、このようなチャレンジは得意分野だ。
市場はさまざまな商品で溢れかえっており、新鮮で獲れたての魚がカゴや生け簀にぎっしりと詰められていた。
光り輝く鱗と水の反射が、それ自体が一つのショーのよう。
ただ、どの魚がどんな料理に適しているのかは、一般人にはなかなか判断が難しい。
紺と伊豆は果たしてどう選ぶのだろうか。
俺は少し心配になりつつも、彼女たちの選択を信じていた。
どちらにせよ、俺は食べる側だ。彼女たちの料理を楽しみにするしかない。
「じゃあ30分でいいものを見つけてここに戻ってくること。いいね!」
伊豆さんが元気よく指示を出す。
「はぁーい♪」
と、紺が応じ、二人は笑顔で市場の中へと駆け込んでいった。
俺はその背中を見送る。
今はどんな料理が待っているのかとわくわくすべきなんだろう。
だけど、お腹が空いていて待たなきゃいけないのか……という残念さでいっぱいである。
「何もここまでしなくても……」
俺のぼやきは、どこかの潮風に流されていった。
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