第19話 弁当

 仕事の休憩時間というのは自由でなくてはならない。

 誰にも邪魔されず、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。

 独りで、静かで、豊かで……。


「さてと」


 前に貰った肉じゃがは家でも食べきれないくらいだった。

 なので、貰った弁当箱に詰めて職場に持って行った。


 同僚たちが外に行く中、俺は事務所のレンジを回した。

 意外と弁当はいい。時間短縮になるし、節約にもなる。

 まぁ、詰めるだけで精一杯の俺には作ることなど不可能だが。


 そして、温まった弁当をデスクに持っていく。

 俺は余った時間で、コンちゃんの配信でも観ようかと思ったら


「——何見てるの?」

「おわっ!?」


 現れたのは焼津やいづ先輩だった。

 急に話しかけてきたので驚いてしまう。


「あー最近流行りのVtuberだっけ、こういうの好きなの?」

「えっと……まぁ、はい」


 彼女は「お邪魔するね」と言って俺の隣に座った。

 そうして、俺のスマホの画面を覗き込む。


「へぇー、ゲーム配信やってんだ、この子」

「はい、今はFPSのゲームを配信してますよ」

「面白そうだねぇ」


 ゲームよりも、人が配信していることに興味を示しているようだ。

 まぁ、人が可愛いアバターを使ってトークするのは面白いかもしれない。


「この子なんて言う子なの?」

「絹川コンって子ですけど、知らないですよね」

「うん、知らないなぁ」


 もぐもぐとおかずを口に運ぶ焼津先輩。

 その後、彼女は言った。


「——でも可愛いね」

「!!」


 その発言に俺は食いついた。


「先輩は分かってますね、可愛いですよね!」

「う、うん……そうだけど……」


 何故か焼津先輩は少し引いていた。

 それでも構わず、俺は続けた。


「良いですよね! こう……なんか守りたくなる可愛さがありますよね!」

「う、うん……そうなんだ」

「もう最高です、絹川コン! 先輩にたくさん布教したいですね!」

「いや、あの……んん?」


 困ったように、笑いながら答える焼津先輩。


「えっと、キミに言ったんだよ?」

「んん?」


 聞き返すと「冗談だよ」と苦笑された。

 今、俺恥ずかしい勘違いをした?

 ……深く考えないでおこう。


「そういえば、先輩っていつも弁当なんですか?」


 熱くなって勘違いしたまま黙っているのは恥ずかしいので、何気ない話題を振った。


「そうだよ、知らなかった?」

「知りませんでした」


 いつも俺の休憩時間は外食しに行ってて、全く焼津先輩と出会わないから行く店が違うのかと思っていた。

 だけど、思う事がある。


「もしかして旦那さんに作ってもらってるんですか?」


 焼津先輩には良い女の雰囲気が出ている。

 だから、てっきりそういう事かと思ったが、どうやら違うらしい。


「私、自分で作ってるよ」

「へぇ~凄いですね、じゃあ旦那さんの分も一緒に作ってるんですか?」

「結婚してる前提で話さないでくれないかな?」


 にっこりと微笑む先輩。だが目は一切笑ってない。

 そして、ちょっと不機嫌になった気がした。

 流石に失礼だったかもしれない……。


「ごめんなさい」

「別にいいんだけどさぁ……」


 謝ると彼女は溜息を吐いた。


「彼氏もいない女にそんな風に言われると傷つくっていうか、ねぇ……」

「す、すみません……」


 しゅんとしてしまう俺。

 それを見て、彼女は口を開いた。


「まぁ……良い人がいたら紹介して欲しいモノね。私のワガママを聞いてくれて、どれだけ仕事が溜まってても何も言わずに付き合ってくれる男の人とかさ」

「うーん、そんな人いるんですかね」

「いるでしょ……一人くらいは」


 焼き魚を食べながらそう答えた。

 まぁ、キレイな先輩のことだし本気になればすぐ見つかりそうな気がするけれど。


「それより——肉じゃがは誰に作って貰ったの?」


 ……話題の墓穴を掘ったなと思った。

 弁当の話題を振れば弁当の話題が返ってくるに決まっている。

 だけど、毅然(きぜん)とした態度で答えた。


「……自分でですけど」

「本当かなぁ」

「本当ですよ」


 嘘だと疑っているのだろうか。

 軽く笑うと先輩は尋ねた。


「じゃあどうやって作ったの?」


 ギクリ。レシピなど分かるはずがない。

 とりあえず、それらしいコトを言っておこう。


「醤油、酒、みりんをですね……」

「どれだけ入れたの?」

「適量に」

「ふぅん」


 すると、俺の弁当箱から肉じゃがを奪ってきた。


「ちょっ!?」


 もぐもぐと咀嚼(そしゃく)する。

 コクコクと頷きながら焼津さんは言った。


「うーん、95点ね」

「人の弁当にケチ点数付けないでもらえます?」


 全く失礼な……いや、90点台は褒められてる?

 なんだか腑に落ちない。

 だが、紺が褒められているのと同義なので、ちょっと嬉しい。


「てか残りの五点はなんなんですか」


 紺の名誉の為に聞いておこう。


「うーんとね、嘘の味かな?」


 あたかも俺が嘘を付いていると言わんばかりな答え。

 いや、もしかして作ってる本人に言ってる?

 でもやっぱり、頭の良い人の考える事はわからない。


「まぁ美味しいってこと、お礼にこれあげるから」


 そう言って渡してきたのはからあげだった。


「私の弁当は大抵冷凍食品だから味気なくって、ありがとね」


 焼津先輩はウインクをし、自分のPCに向き合い始めた。

 昼飯の時まで仕事かよ……と思いながら、俺はその貰ったからあげを口に放り込んだ。

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