第4話 帰郷 6

 港の方からも、多くの人たちが逃げてきている。

 水着の人も多いので、どうやら、大島に行っていた人たちもちゃんと逃げてくれた人たちがいたようだ。

「高台に向かって下さい!!」

 蛍太郎が叫ぶ。すると、逃げる人たちの中から、浦子が飛び出してきた。

「山里!!」

「浦子!!」

 互いに歓喜の念を込めて、腕をつかみ合う。

「お前の言うとおりだった!!みんなは無理でも、俺たちが大騒ぎしたから、いくらかは一緒に逃げてくれた!!」

 浦子が興奮して叫ぶ。

「ありがとう!ありがとう、浦子!!」

「後な。御山の方には平田が行ってくれたんだけど、多分間に合ってない・・・・・・」

 浦子が苦しそうに言う。

 蛍太郎も胸が締め付けられる思いだった。

「平田の携帯番号知ってたら連絡してやってくれ。出来るだけ御山から離れろって。あそこが一番ヤバいはずだ」

 あそこには魔王たちが狙う、過去の蛍太郎がいるからである。

「わかった」

 浦子が言い、携帯電話を取り出す。

「って、山里!お前どこ行くんだよ!!」

 人の流れに反して港に向かう蛍太郎に、浦子が叫ぶ。

 だが、蛍太郎はそのまま走って港の方に消えていった。




 蛍太郎が港に着いた時、港の惨状は目を覆いたくなるほどだった。

 建物は倒壊して、いくつもの船が転覆し、または舞上げられたせいで、陸に打ち上げられていた。

 逃げ遅れて亡くなっている人の無残な姿もあった。

 被害は減らせたかも知れないが、全員を助ける事など出来ないのだ。分かっていたが、それだけに辛い。


 消防士たちは、これほどの混乱に有りながら、皆、必死に救助活動を行っている。竜巻が吹き荒れていても、生存者の為に、危険を顧みずに懸命に働いていた。その姿は英雄に見えた。

 蛍太郎のような素人は、救助活動に参加するだけ邪魔になるだろう。

 それに、蛍太郎には他に役割がある。

 まずは御山の崩壊を見届けなければならない。それからだ。

「ごめん、千鶴。結局俺はみんなを助けられなかった」

 蛍太郎は呟く。

 大島の方に、巨大な竜巻が出現する。

 ここからだと分からないが、恐らく今御山のてっぺんでは、無数の黒い手が出現してみんなを捕らえようとしているはずだ。

 無理だと分かっていながらも、「頼むから逃げてくれ」と願ってしまう。

 その直後、巨大な竜巻が直角に曲がり、御山を刺し貫いた。

 この光景には、蛍太郎も驚く。御山が崩壊していく。

 救助活動をしていた消防士たちも、警官たちも、多くの人たちが、呆然とその光景を眺めていた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!

 

 崩れ落ちた御山の大量の破片が、土砂が海に落ちる。

 大波が立ち、まるで津波のように港に迫ってくる。


「に、逃げろーーーーー!!!!」

 皆が叫び、一斉に海から出来るだけ遠くに走り出す。

 容赦なく、そこに無数の竜巻が荒れ狂って襲いかかろうと迫ってくる。

 波よりも先に、竜巻が陸に到達する。

 その竜巻からは、無数の黒い腕が伸びている。



 蛍太郎は、海のすぐ近くに走ると、キッと空を睨み付ける。

「失敗したら、俺も千鶴の所に行くから。何万年か待っていてくれ。絶対に死んだら地獄に落ちて、俺も千鶴と同じ魔王になるから」

 蛍太郎の心には恐れは無かった。穏やかな愛に包まれていた。

 そして、蛍太郎は空に向かって叫ぶ。

「おい、魔王たち!!俺はここだ!!深淵の鍵である、山里蛍太郎はここだ!!」

 その声に、全ての竜巻がピタリと動きを止める。

 千鶴は、地獄の魔王がこの世界に干渉するだけでも大変だと言っていた。だから、標的である蛍太郎の細かい位置など分からないのだろう。それ故に、大破壊という手段を用いたのだろう。


 そこに、標的が自ら一番狙いやすい所に出現して名乗りを上げたのである。

「どうした?!山里蛍太郎を狙ってきたんだろう?俺はここにいるぞ!!」

 蛍太郎は挑発するように両手を挙げる。

 竜巻が四方から蛍太郎に殺到してきた。

 最早逃げ場など無い。

「ルシオール!!!俺はここにいる!!ルシオールに会いたい!!」

 蛍太郎は叫んだ。


 次の瞬間。

 白い光が世界を覆った。

 その一瞬だけで、全ての竜巻が消滅し、押し寄せてきていた波も静まった。


「・・・・・・ルシオール。ありがとう」

 蛍太郎の目に涙が滲んだ。

 あれほど酷い事を言った自分を、まだ必要としてくれているのだ。ルシオールに会いたい。心からそう思った。


 蛍太郎の体が白い光になって、やがて消えていった。




 

 何人もの人がそれを目撃していた。

 一人の青年が空に叫び、竜巻を消し去った。

 そして、それと引き替えにするように、自分の体も消し去ってしまった所を。

 

 やがて、その青年が、竜巻発生を予言して、被害を最小にするために頑張った事も知れ渡るようになった。

 人々はその青年を英雄視し、都市伝説的に語られるようになった。

 超能力者、予言者、救世主、秘密結社、宇宙人等々と関連づけて、面白おかしく語ったりもする様になった。


 だが、蛍太郎の両親にとっては、そんな事はどうでも良かった。

 娘を亡くし、次には息子まで亡くしたのだ。悲しみに暮れる事になる。

 一方で、蛍太郎の最後の態度から、覚悟を持っていた事も分かるし、どこかで生きているような気もしていた。



 

 この町の被害は、すぐにははっきりしなかったが、数週間掛けて出た数字は、死者30人。行方不明者、112人。重傷者35人。軽傷者359人。倒壊家屋213棟。

 災害の規模に比して、死者が少なかったのは、避難の初動が早かったからである。


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