第12話 消失 3

「フフフ。今日はお疲れ様でした、ケータロー様」

 夕食を食べて、ルシオールが眠ってから、リビングでリザリエが微笑みかける。 

 蛍太郎は、そんなリザリエに笑みを返す。

「リザリエ。俺たちはもうすぐ結婚するんだから、いつまでも様を付けて呼ばないでくれよ」

 そう言われて、リザリエは喜ぶような、困った様な顔をする。

「でも、私にとって、ケータロー様はケータロー様だから・・・・・・」

 頬を染めてうつむくリザリエが愛おしかった。

「いいさ。じゃあ、ゆっくりで良いから・・・・・・」

 そう言って、リザリエを抱きしめて、蛍太郎は口づけを交わす。


 そして、二人は互いに初めての夜を迎えたのである。




 翌日、朝起きて、蛍太郎は同時に目を覚ました隣のリザリエと目が合う。

 互いに気まずそうに目を逸らす。

 それから二人で笑い合った。


 隣の部屋ではルシオールが一人で眠っていた。本来は蛍太郎はルシオールと同じ部屋で寝る予定だったのだが、放っておいてしまった。

 ルシオールを揺り起こして朝食を済ませる。

 三人で食べる朝食は、やはり心温まる時間だった。

 ルシオールは相変わらず眠そうにしていた。エンジンが掛かるまで、もう少し時間が掛かりそうだ。


 そう思ってルシオールを慈しむように見つめていた時だった。

 突然に爆音が響き、家の壁が崩壊する。

「ルシオール!!」

 咄嗟に蛍太郎はルシオールを庇って床に転がる。

「きゃあああっ!!」

 リザリエが叫んで倒れる。

 周囲がたちまち炎に包まれる。

「リザリエ!!」

 ルシオールを庇いながら、這うように、リザリエの元に向かう。

 屋根が崩落してくる。

 崩落に巻き込まれて、リザリエの足は瓦礫に潰される。

 おびただしい血が瓦礫からしみ出してくる。

「リザリエ!!!」

 蛍太郎は必死に瓦礫を取り除くと、グッタリ倒れていたリザリエが意識を取り戻した。

「ああああっ!!」

 意識を取り戻すなり、リザリエは苦痛に呻く。

「しっかりしろ!」

 リザリエに肩を貸して、何とか立たせる。

「とにかく家から出よう!ルシィ!付いて来れるな?!」

「あい!」

 蛍太郎は炎に包まれ、崩壊していく家の入り口に急ぐ。


 そして、外に出た瞬間、見えない塊に、したたか殴られて吹き飛ばされる。

「ぐあああっ!!??」

「きゃああああっ!!」

 リザリエも蛍太郎と共に吹き飛ばされてしまう。

「ケータロー!リザリエ!」

 ルシオールが叫んで、二人の元に駆け寄ろうとした。

 しかし、そのルシオールの手を掴む者があった。


「キ、キエルア!!」

 倒れたまま、蛍太郎がその手の主、魔導師キエルアを睨み付けた。

「貴様は何か勘違いしていないか?」

 ルシオールを捕まえて、キエルアが笑う。

「な、何を?!」

 立ち上がりたいが、体を激しく打ち付けて立ち上がる事が出来ない。

 キエルアは、しっかりルシオールを捕らえて放さない。

 ケータローと名乗らせていた青年が、かなり無茶な対応をしていても、ルシオールが反発をしなかったのを見ていたので、多少強引な手段に出て来たのだ。

 追い詰められた立場にある事で、焦りもあった。


「貴様のいた世界は、なぜ崩壊した?!」

「っっ!?」

 それは蛍太郎も疑問に思っていた事だった。

「こやつが魔物を遣わして、貴様を迎えに寄越したのだ。つまり、貴様の世界の災害は、全てこやつが仕組んだ事なのだ!貴様の友の死は、こやつの仕業だ」

 そうだ。蛍太郎も、ずっとその事は引っかかっていた。頭の中で、その疑問は消えなかった。

 ただ、ルシオールの純粋さをみるにつれて、そんな事はあり得ないと思い、考えに蓋をしていたのだ。

 だが、こうして言葉で言われると、その疑問は明確な形を取って、蛍太郎に襲いかかる。

「ち、違う!」

 ルシオールがもがいて叫ぶ。

「違うものか!!こやつは間違いなく恐るべき魔王なのだ!貴様の仲間は知らせていなかったようだが、あの戦いで何人がこやつの力で死んだと思う?!」


 死者がいたのか?!

 蛍太郎は逃げるのに必死で、他に構う余裕など一切無かった。

「三千人だ!集まった両陣営の兵士のほとんどが天から落とされ、力に押しつぶされて死んだのだ!!私でもそこまでの事は考えてはいなかった!!」

 キエルアは知らない。あの時、蛍太郎が止めていなければ、このエレスの恒星系全てが消し飛んでいた事を。

 知らないのは蛍太郎も同じである。

 それ故に、蛍太郎の受けた精神的ダメージは大きかった。

 ルシオールも人を殺したと知ってショックを受ける。

「そ、そんな・・・・・・。ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 涙をポロポロ流す。その涙を、蛍太郎は違う意味で捉えた。

「ルシオール・・・・・・。まさか?本当に?」

「違う!!違う!!」

 必死に懇願して、キエルアの手を振りほどこうとする。

「はっはっはっ!!貴様はずっと、己の仇に執着して世話をしてきたのだ!愚かにも程がある!!」


「や~~~め~~~ろ~~~!!!」

 ルシオールの体から黒い靄が立ち上る。

 キエルアの表情が恐怖に固まる。

 黒い靄は、無数の腕の形になり、キエルアの体を掴んで持ち上げる。

「ひ、ひいいいっ!!」

 叫ぶと同時に、鈍い音が響く。

 キエルアの腕があらぬ方向を向く。

 続けて足も。

「ぐがああああっっ!!」

 締め付けられる胸からも、軋む音がし、首も今にもねじ切られそうになっている。

 キエルアは恐怖の表情のまま意識を失う。


 知っている。知っているぞ。

 蛍太郎の表情が憎悪に歪む。

 あの黒い腕を蛍太郎は知っている。

 人形師ゲイルを捕らえていた腕だ。

 そして、大島で蛍太郎たちを襲ってきた腕だ。

 全てが納得できた。

 蛍太郎の住んでいた町を襲った大災害も、蛍太郎の友人を地獄に突き落とした腕も、全てはルシオールの仕業だったのだ。

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