第4話 魔王誘拐 5
一方、掠われた張本人であるルシオールだが、馬車に乗せられてからも何一つ抵抗はしていない。
担ぎ込まれた馬車の中には、輝くばかりの豪華なお菓子と飲み物が満載されていたのだ。
見知らぬ馬車に乗せられた事に疑問持たず、「どうぞ、お食べください」と言われるまま、行儀良く「いただきます」をするとテカテカと蜜で輝くお菓子を、どれから食べようかと迷いつつ、時間をかけてちびちび食べて喜んでいた。その間に馬車は蛍太郎の元を遠く離れて行ってしまったのだ。
「ケータローはどこに行った?」と尋ねるが、「後で会えますよ」と同乗者に言われると「そうか」と言う程度だった。
そして、豪華な料理やお菓子に毎日夢中で、特に問題を起こすでもなく大人しく誘拐されていた。
誘拐する側も、過剰なまでにルシオールを鄭重に持てなし、笑顔を絶やさず接していた。
ルシオールが眠るとベンチを回転させてフカフカのベッドを出し、そこに静かに寝かしつけ、メイドの女が子守歌を歌うまでの徹底ぶりだった。
鄭重に持て成されている限りは、屋根の上のジーンも手出しはせずに、己が目的に従って行動する事ととしていた。
しかし、もしルシオールに、ほんの僅かでも害を及ぼそうとすれば、その時は自分の目的を捨ててでも救出していた事は確かである。
全五人の誘拐グループに、女性が一人おり、ルシオールの世話は全て彼女が担当し、ルシオールに不自由はかけなかった。
彼女は別に犯罪者という訳ではなく、アズロイル公爵家に仕えるただのメイドであり、その世話は行き届いていた。
「ケータローとはいつ会えるのだ?」
「これからお屋敷に行きます。ケータロー様がルシオール様と住むために用意したお屋敷です。ケータロー様は先にそちらに行っておいでです。ルシオール様を驚かせたいのですね。フフフ」
時々尋ねるルシオールにそう答えるが、彼女にとってはこれは嘘ではない。彼女はそう信じ込まされている真実なのだ。
アズロイル公爵家の賓客である「ケータロー」という青年が、兄妹か愛人か、いずれにせよこの少女の迎えに自分は遣わされたのである。
馬車はロブリー村を出て、三日かけてアザラスの街に行き、そこから北上して行く。
グラーダ国からペスカ国、ザネク国を経て、グレンネック国に入ったのは、更に二十日後だった。
グレンネックとザネクの国境に位置するのはギスク要塞都市である。
長大な城壁が幾重にも巨大な都市を囲み、守っていた。
馬車はいくつもの城門を通過して、最も守りの堅い、高級貴族の邸宅が建ち並ぶエリアに進む。
その中でも、特に立派な館の門の中に、馬車は入り、停まる。
アズロイル公爵家の館「闇梟館(イールエルドベルン)」である。
◇ ◇
「ケータロー様。私たちは、これからグレンネックに向かいます。この紋章はグレンネックの三公爵の一つ、アズロイル公爵家の紋章です。そして、その公爵家の力を利用して、我が師、キエルア様がルシオール様を誘拐したのでしょう」
リザリエが、乗り合い馬車の中で蛍太郎に説明する。
乗合馬車とは言え、今は他に乗っている客はいない。料金割り増しにして出発して貰ったのだ。
アザラスまで行けば、北上する馬車は多いはずである。
「ここから、ペスカ、ザネクを通ってグレンネックに入るのですが、ペスカの国境の関所はかなり緩いので問題ないでしょうが、ザネクからは少し厳しくなります」
「うげ?パスポートとか必要になるのか?」
「・・・・・・旅券とか、通行許可書とかある事が望ましいです」
蛍太郎が呻く。
「持ってないよ・・・・・・」
蛍太郎は日本にいた時から、海外には行った事が無いのでパスポートは持っていない。財布に入っているレンタルビデオ屋の会員証とか、ポイントカードぐらいしか無い。
「私は魔導師なので、旅券は持っています。なので、関所で何か問われる事があれば、申し訳ありませんが、ケータロー様は私の弟子という事にしていただけませんか?」
それで、申し訳なさそうにしていたのだろう。
「それは別にいいよ」
そう言う段取りになった。
リザリエの言うとおり、ペスカの国境関所はガードが緩かった。
リザリエの魔導師のマントを見ただけで、簡単に通る事が出来た。勿論通行料は支払う。
各国通貨は違うが、交易で、最も信用されている通貨が元々グレンネックの通貨である「ペルナー」であり、リザリエは、そのペルナー通貨で支払ったので、もめる事なども無い。
ペスカからは、商隊と一緒に進む乗合馬車に乗る。
リザリエは、関所以外では魔導師のマントを身に着けたりしない。あまり身分をひけらかすのが嫌いなのだそうだ。
だから、商隊としては、魔導師が同行してくれるなら、料金などいらないという程なのだが、敢えて旅のカップルを装って(姉弟には見えないので)乗合馬車に紛れていた。
商隊に紛れていれば、ザネクの国境も、通行料さえ払えば、多分問題なく越えられるだろう。
ペスカはとにかく小さく国力が無い国なので、自国の治安も守れていない。
山賊、盗賊、野盗が多く出没する為、旅をするなら、護衛集団を雇った商隊と行動を共にする必要があった。
そして、商隊がザネクを目指して出発した。
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