第4話 魔王誘拐 6

 三日目の夜である。

 ペスカは道が整備されていないので、街道らしきものはない。商隊や旅人が繰り返し通った事で固められた地面があるだけである。

 道沿いの宿場も無い所が多々あるので、この夜は商隊での野営になる。

 野営の場合、余計な出費は無いが、野盗などに襲われる危険がある。

 この商隊は、馬車二十台、四十八人。それに対して、護衛は騎馬で十人。

 当然商人も武装はしているが、いざとなっても戦わないだろう。


「兄ちゃん。いい女を捕まえたねぇ」

 たき火を囲みながら、夕食を食べている時に、商人たちが笑う。

 リザリエは静かに微笑み、渡されたスープを口に運ぶ。

「ま、まあ。運良く・・・・・・」

 蛍太郎が苦笑する。

「兄ちゃん、付き合いなよ~」

 顔を赤くした別の商人が、蛍太郎にコップを渡してくる。

「・・・・・・はあ」

 受け取ったが、すぐにそれが酒だと気付く。

『俺、未成年だから、酒飲んだ事無いんだけど・・・・・・』

 蛍太郎は、右隣で、ずっとニコニコしているリザリエに囁きかける。

『いいえ。ケータロー様はエレスでは成人年齢に達していますから、問題ありませんよ』

 リザリエの返答に、蛍太郎は納得する。納得はしたが、どうにも抵抗感がある。

 それを見たリザリエが、気を利かせて商人に言う。

「ありがとうございます。でも、彼はお酒を飲めないので、代わりに私が戴きます」

 そう言うと、リザリエは蛍太郎が受け取ったコップを貰って、クイクイッと飲み干す。

「おお~~~!姉ちゃん、いける口だねぇ~!」

 商人たちから歓声が上がり、すぐに次の一杯が注がれる。

『おいおい。大丈夫なのか?』

 蛍太郎が囁きかける。

『大丈夫ですよ』

 リザリエはニコニコして、平然と二杯目も飲み干す。

『結構酒豪なんだな・・・・・・』

 蛍太郎は、リザリエの意外な一面に驚き、感心した。

「こりゃあいい!!」

 商人たちが盛り上がる。


 商人たちや、他にもある乗合馬車の乗客は、こうしていくつかの輪になり夕食をとっている。

 護衛は、この間は周囲の見張りに徹する。

 

「護衛は十人で大丈夫なのかな・・・・・・」

 蛍太郎はやや不安に感じた。


「うおおおおおおおおおっっ!!!」

 そう懸念した矢先に、周囲から怒号が沸き起こる。

「賊だぁぁ!!」

 護衛も叫び、和やかな夕餉は一転して殺伐とした饗宴になる。

「固まれ固まれ!!」

「馬車を動かせ!!」

 商人たちが一斉に動き出す。

 蛍太郎は、反応が遅れてしまった。

 どう行動すれば良いのかわからない。

 周囲を見回して、ようやく馬車に逃げ込むべきだとわかり、立ち上がった。

「リ、リザリエ!逃げよう!!」

 隣のリザリエに声を掛けるも、リザリエは反応しない。

「リザリエ?!」

 見ると、リザリエは、ニコニコしたまま、顔を真っ赤にして眠っていた。

「まさか!リザリエお酒弱かったの?!」

 叫んだところで事態は好転しない。

「起きて!起きて!」

 体を揺さぶるが、リザリエは全く目を覚まさない。

「こうなったら」

 蛍太郎は、リザリエを担いで馬車に逃げ込もうとした。

 しかし、その瞬間、蛍太郎の後頭部に、鋭い痛みが走り、意識が遠のいていった。




 蛍太郎が意識を取り戻したのは、馬車の中だった。

「気付いたのか、兄ちゃん」

 声を掛けたのは、さっきリザリエに酒を勧めてきた商人だった。

 体を起こすと、後頭部に痛みが走る。

「ま、命があっただけ良かったな。俺の馬車は奪われちまったよ」

 商人が言う。

 蛍太郎が馬車の中を見回す。乗ってきた乗合馬車では無く、別の荷馬車の荷台にいた。

「リザリエは?俺の連れは?!」

 蛍太郎が叫ぶ。すると、商人が目を伏せる。

「すまんが、あの姉ちゃんは、賊に連れ去られちまったよ・・・・・・」

 その言葉が、蛍太郎に衝撃を与える。

「何で助けてくれなかったんですか!?」

 蛍太郎が商人に詰め寄る。

「言っちゃあ何だけどよぉ。俺たち商人が一番大事にするのは自分たちの命。次に商品だ。乗客は商品の次になる」

「そんな?じゃあ、何のための護衛なんだ?!」

 蛍太郎は食い下がる。理性よりも感情が納得いかない。

「護衛は仕事をしてくれたよ。だから、商人は誰も死んじゃいない。いくつか荷馬車が奪われただけだ。護衛は三人死んじまったけどな・・・・・・」

 そこまで言われると、蛍太郎も反論できない。これがエレスの常識なのだろう。


 しかし、それであっさり引き下がる事は出来ない。

「俺はどの位気を失ってましたか?」

「ああ。馬車に乗って逃げてから、三十分程度だ」

 思ったよりも時間は経っていない。

「あいつ等のアジトはわかりますか?」

 蛍太郎は立ち上がり、自分の腰の剣を確かめる。

「やめた方が良いが、護衛の奴なら知ってるかもしれんよ」

 若い蛍太郎が、無謀にも恋人を救いに行くつもりだと察したが、商人はそれを止める事はしなかった。

 蛍太郎はすぐに周囲を見回し、護衛の騎馬を見かけると声を掛ける。


「馬鹿な事を言うな!せっかく助かった命を失う事になる!」

 馬を寄せて来た護衛に、蛍太郎は怒鳴られる。

 護衛には怪我を負っている者も少なくない。

「良いんです!知っているなら教えてください!」

 蛍太郎も食い下がる。



 蛍太郎に根負けした護衛は、アジトの場所を教えた。

 護衛の守るのはあくまでも商人の命である。乗客である蛍太郎の命までは責任を持てないという事だ。

 蛍太郎は、すぐに馬車を飛び降りると、護衛に教えられた場所に向かって走り出した。

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