第7話 虚構 6

 その夜である。

 夜はリザリエにとっては、さらに不安な時間であった。 隣室で眠る蛍太郎の獣のようなうめき声や、叫び声が幾度となく聞こえるのだ。

 蛍太郎の眠りも浅く、少ないが、同様にリザリエもほとんど眠れない夜を過ごしていた。

 蛍太郎は時にはとても深く、長く眠れるのだが、リザリエは絶えず不安感がぬぐえないので、総合的にはリザリエの方が睡眠は足りていなかった。

 このままでは蛍太郎より先に、リザリエが倒れてしまうだろう。


 寝間着に着替えてベッドに入ると、リザリエは蛍太郎が安眠できる事を祈った。

 魔法の中には、人を強制的に眠らせる精神魔法もあるが、リザリエは契約出来ていない。

 リザリエは治療院をつくりたいのだから、精神経魔法の睡眠魔法はかならず習得したいのだが、現在の魔法使いでは、精神系、神経系の魔法は邪道とされているため、師匠であるキエルアに教わる事が出来なかった。

 麻痺魔法と一瞬の意識喪失魔法のみ、辛うじて師匠の目を盗んで習得したに過ぎない。


 簡素なベッドのすぐ横には、同じく簡素な薄い壁がある。その壁一枚隔てた先には蛍太郎のベッドがある。寝返りする音も聞こえるほど粗末な壁である。部屋には飾り気はほとんど無いが、窓際に鉢植えと、木彫りの小さな人形のみがリザリエが女の子である事を示しているようだった。

 旅する身ゆえに、荷物が少なく、必然部屋の飾りはその時だけのものとなってしまうのだ。

 この家を出る日もそう遠くはないはずである。

「次はせめてベッドだけでも良いものを買おう」

 リザリエはそう思っていた。自分の寝心地ではなく、蛍太郎がせめて寝やすいようにと考えての事である。

 心配事が多いからでもあるが、気付けばリザリエは蛍太郎のことばかり考えている自分に気付いていた。

 そして、それが何故であるかも。


 リザリエは蛍太郎を愛していた。いつからかは分からないが、思い返して回答を求めると、いつも同じ所に答えに行き着く。

 それは、自分の身を蛍太郎に捧げなければならないと、師であるキエルアに命じられていたのだが、蛍太郎はそれをせず、かえってそう命じたキエルアに怒りを見せたその時である。

 その時はまだ、ルシオールの事が恐ろしいばかりで、蛍太郎の人となりを気に懸ける余裕など無かったのだが、思い返す度に、その時の蛍太郎の表情に胸が熱くなるのである。

 自分の思いを確信したのは、蛍太郎とルシオールがグラーダ城を出て行った時である。

 駆り立てられるように二人の後を追うリザリエの心は、焦燥と共に、これからもずっと二人と一緒にいられるという望みで心が高鳴っていた。

「ケータロー様・・・・・・」

 リザリエはベッドの中で小さくつぶやいた。


 不安と心配で、今にもつぶれてしまいそうではあったが、そんな中でもリザリエは幸福感を感じていた。

 蛍太郎の側にいられるのだと・・・・・・。

 側にいられるだけで幸せだった。

 ルシオールが攫われて、二人だけで旅をしたり暮らしていても、蛍太郎はリザリエに何もしてこない。

 欲求がないはず無いのに、無理に距離を取ろうとしているのが感じられるので、リザリエはそれがたまらなく寂しい。

 その理由が、恐らく以前に彼から聞いた、友人たちの死であろうと思うと、胸の奥で、苦い、嫌悪感を催す様な感情が蠢くのを抑えられそうにない。

 死んでしまった彼の友人。その中に思い人がいたのだろう。その思い人に対する嫉妬心。

 死んでしまったら、もう自分では勝つ事が出来ないのでは無いか?もう一生自分だけを見てくれる事は無いのでは無いだろうか?

 自分はこんなにも自己中心的で醜い心を持っていたのかと、小さなため息がもれてしまう。

 ため息と共に目を閉じると、急速に睡魔が襲ってくる。

 短く浅い眠りと知りつつも、今はその流れに身をゆだねようと考える、その考えが終わらないうちにリザリエの意識は暗い渦に飲み込まれていった。

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