第11話 魔性 5

 アズロイル徴用軍は、総数二千二百。補給部隊を併せると二千五百人になる。

 その一団はイスカユから北に向かい、平野が多いグレンネックにして、唯一の巨大山脈セイルディーン山脈に向かって行く。といっても、その山脈が目的地では無い。

 セイルディーン山脈が遙か彼方に見えてくる辺りの無人の平野に向かっていた。

 ノルウィック平原である。

 今回の騒動の元である、フェナルド伯爵領である。



 戦場となるノルウィック平原には、観戦台がいくつか設けられていた。

 南のルナーズ子爵陣営。これはアズロイル公爵の陣営とも言えた。

 北はフェナルド伯爵陣営。

 更に東西に、観戦に来た貴族たちの観覧席である。

いずれも高い露台にしてあり、豪華な椅子やテーブルが置かれ、酒食を楽しみながら、安全なところから戦争のゲームを楽しむ為の物である。

 観客たちは賭けも楽しんでいたし、同衾している愛人たちと、下の階の別室で情事も楽しめるようになっている。


「いやあ、公爵閣下には、本当に感謝に堪えません」

 痩せた小男が卑屈な笑顔を貼り付けて、甲高い声で太った老人に話しかける。

 手を大きく振って深々とお辞儀をするのが滑稽だが、これが貴族の優雅な振る舞いである。

「いやいや。子爵には期待しているのでな」

 太った老人がグフグフと笑う。この男がアズロイル公爵だ。グレンネックの貴族らしく、巻き毛のカツラに、装飾過多な重そうな帽子をかぶっている。

 

 そうした貴族たちのやり取りを、馬鹿馬鹿しいという思いで見ながら、キエルアはすぐ近くにいる金髪の少女と、それに付き添う二人の様子に眉をひそめる。


 少女は相変わらず人形のようで、不気味で恐ろしい。

 その恐ろしいと思う気持ちは、少女の隣で、やつれて、正気を失いかけている青年を見て、一層強くなる。

 青年は明らかに少女に恐怖している。

 しかし、どうしたわけか、この少女はこの青年の言う事を聞くという。

 思った形とは違うが、取り敢えず一つの実験は成功したようだ。

 メイドの様子は変わっていないようだ。ただ、純朴そうだったメイドが、只のメスになっているのは見抜いていた。 

 「根源的な恐怖」

 これが青年を壊してしまったのだろう。かくいうキエルアも、極力ルシオールを見ないようにしている。

 この少女を見続けると、自らも壊されてしまいそうな恐怖を感じている。

 

 少女の方も、キエルアには一瞥もくれない。恐らく記憶に無いのだろう。

「いいかい?俺の言う事を、ちゃんと聞いてくれよ」

 キエルアに促されて、青年が少女に囁きかける。

「あい」

 少女は無感情に頷く。


 

 両陣営の兵士が布陣をする。

 互いに横に広い横陣である。

 前進しながら、弓を打ち合い、その後槍を構えての突撃か、盾を構えての防御か。それから押し合う形での戦闘になるだろう。

 

 これは観客にとって、わかりやすく、派手に殺し合うので人気の戦い方である。


 観客席にいる立会人が合図の旗を振る。


 うわああああああああああーーーーー!!!


 両陣営が雄叫びを上げて前進していった。



◇   ◇



「見つけたぜ!」

 布陣している間に、ヴァンがアズロイル公爵の観戦台を見に行っていた。

「まあ、あれだけ目立つ髪の色をしてたら、遠目にも分かるな」

 ヴァンが苦笑する様に、布陣しているところからでも、観戦台の上で何かが輝いているのが見える気がする。

「とは言え、距離がある。どうにか観戦台に近づかないといけないな」

 蛍太郎たちは、最右翼に配置されているが、抜け出す事は難しい。

 ヴァンだけなら抜け出せても、蛍太郎はどうにもならない。

 手立てを思いつかないまま、戦闘が始まってしまった。「取り敢えずは、まずは死なないようにして、戦いの最中に何とか抜けだそう」

 ヴァンの言葉に、蛍太郎は力なく頷くが、正直、半分も言っている言葉が分からない。

「俺から離れるな!」

 ヴァンは、蛍太郎にピッタリ密着して、他の兵士と共に前進していく。

 

 互いの距離が近くなってくると、大量の矢が降ってくる。

 それを盾でしのぐ。

 前の方ではバタバタと味方の兵士が倒れていく。それでも前進は止まらない。


 すると、突然、中央最前列から悲鳴が上がる。

 何が起こっているのか分からないが、味方の中央が破られ、混戦状態になっているようだ。 

 全体的に押されているのは分かる。

「おいおい!やべえな!」

 ヴァンが毒づく。味方兵士たちも不安げになる中、敵の左翼が接近してきた。


 ヴァンが何かに気付いて、大声で叫ぶ。

「敵に白銀の騎士がいる!!このままでは俺たちは全滅させられる!!」

 中央を抜いて突撃してきたのは、生ける伝説と世に名高い、白銀の騎士ジーン・ペンダートン率いる精鋭騎士たちだった。

「白銀の騎士?!」

「神殺しか?!」

「トリスタンの悪夢!!」

 誰もが知る当代最強の伝説の男が、敵として現れたのだ。


 続けてヴァンが叫んだ。

「俺は死にたくない!!死にたくない!!」

 その言葉で集団パニックを誘発したのだ。

 味方は総崩れになり壊走し始めた。

 右翼の崩れは全軍に影響した。

 壊走する味方を押しとどめようとする味方。

 それに追いすがり、次々とアズロイル軍を打ち倒していく敵。

 戦場は混戦状態となった。

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