第11話 魔性 4

 蛍太郎は、精神的均衡を崩してきているのを自覚していた。

 再び友人たちとの記憶や、それが崩壊したあの地獄の悪夢を見るようになっていた。

 側にいるのはヴァンで、暗殺者の里に伝わる薬を貰って、何とか睡眠をとっている。

 急にイライラしたり、落ち込んだり、恐怖に襲われるようになっている。

 体もだるく、訓練に出るのも一苦労である。

「何か、マジで大変なんだな」

 ヴァンが言うが、ヴァンの薬が無ければ、もっと大変な体調になっていただろう。

 

 問題はエレス語の方である。

 この頃は毎日、何度もエレス語が分からなくなる。

 幸いなのは、訓練が単調で、分からなくてもこなせる事と、ヴァンが一緒にいてくれる事だった。

 蛍太郎がエレス語が分からなくて困っていても、ヴァンが代わりに対応してくれる。


 そんな中、興味を惹かれる事もあった。

 ここには、エルフやリザードマン、それと、普段は人間と見分けが付かない獣人もいる。

 エルフは明るい髪の色と、長い耳に美しく整った顔をしている。やや、独善的というか、排他的な性格の人たちのようだ。

 寿命は300年ほどだそうだ。

 リザードマンは背が高く、大体190センチを越えている。全身が鱗で覆われたトカゲの亜人である。鱗の模様や色は人それぞれのようで、最初は恐ろしかったが、慣れると綺麗に思ったり、愛嬌があるように見えてくる。

 獣人たちは、獣化すると、半人半獣の姿に変身する。その他に、体の一部を獣化させる部分獣化も出来る。

 ヴァンもコウモリ獣人だが、獣化したところは見た事が無い。

 

 異世界である事をつくづく感じていた。

 そうなると、異国語(異種族語)を使う者もいるのだから、エレス公用語が分からなくても不自然では無い。

 エレスには更に多くの種族がいて、町にいた頃は、盗人をして嫌われている、幼児にしか見えない長寿種ハーフ・フッドもたまに見かけた。リザリエに教えられなければ、只の子どもにしか見えない。

 ドワーフが鍛冶場で働いているのも見ている。意外なのは、女性のドワーフで、上背があり、体格もがっしりしているが、見事なプロポーションに、皆が逞しい雰囲気を持つ美女だった。



 ジーンの行方は知れないが、ジーンの事なので、どこかで動いていて、キエルアの気を蛍太郎たちから逸らしているに違いない。

 ヴァンは「きっと、もう他の厄介毎に首を突っ込んでいるんだぜ」と笑っていたが・・・・・・。


 

 蛍太郎たちの軍が野営地から動き始めたのは、十一月に入ってからだった。

「いよいよ始まるな」

 移動しながら、隣でヴァンが言ったが、この時蛍太郎にはエレス語が分からなくなっていた。

 雰囲気で頷くと、ヴァンは察する。

『顔色が悪いな。衰弱が激しい』

 ヴァンが蛍太郎に与えた薬の副作用による処もあるだろう。だが、それでも薬を飲まなければ、蛍太郎の状態は更に悪くなっていただろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る