第11話 魔性 3
あの化け物と暮らし始めて半年近くになる。そろそろ結果を出さなければいけない。期間は決められていないが、不甲斐ないとあっさり切り捨てられてしまうだろう。そうすれば、貴族になるという野望が叶わなくなる。
それに、これ以上長く、あの化け物の機嫌をとり続けると、自分は狂ってしまうかもしれない。
「あの不気味な人形は気に入っていたようだな・・・・・・」
ケータローは呟いて、リザリエを残して、ガウンのみを羽織って、カンテラを片手に夜の廊下に出る。
そして、初めてルシオールの寝室に夜中に向かった。
少し酔いも回っていた事もある。
ルシオールの私室を開ける。私室は三部屋に区切られている。
居間と書斎(遊び場)と寝室である。
一番奥が寝室になっている。
大きな窓にはカーテンが引かれている。
「暗いな・・・・・・」
ケータローは呟く。
廊下よりも暗い。気のせいなのだろうかと思いつつ、カンテラの明かりを頼りに寝室に入る。
ルシオールは、小さなルシオール人形を枕元に座らせて、すやすやと小さな寝息を立てて眠っていた。
寝室のベッドの周りや、周囲の棚には、色んな人形やおもちゃ、絵本が並べられていた。
ルシオールの機嫌を取るために、ケータローが贈った無駄な物だった。
ケータローはベッドに腰掛けて、ルシオールの顔をのぞき込むと、自嘲気味にニヤリと笑う。
「こんな小娘を俺は怖がっていたのか・・・・・・」
目を閉じていれば、美しいだけの女である。
「まあ、確かに美しくはある・・・・・・」
そう呟くと、不意に興味が湧く。
「なぜ、あの魔導師は、わざわざ『服を脱がせてはいけない』などと言ったのか?」
何が起こる?
ケータローは、寝ているルシールに掛けられている布団をはぎ取る。
そして、寝間着のボタンを外していく。
白磁の胸が顕わになる。ほぼ凹凸の無い胸であるが、染みも傷も無い、滑るようになめらかな肌である。
規則正しく上下しているので、それが人形で無い事が分かる。
ケータローは何か起こるのかと、しばらく観察していたが、特に何も起こらない。
ケータローは気付かなかったが、変化は自分自身の身に起こっていた。
性的な興奮と、破壊衝動に駆られてきた。
この少女を陵辱して、破壊してしまいたい。血を見て、残虐に殺してしまいたい。
得も言われぬ興奮が己を襲った。
裸にガウンのみを羽織った恰好は、好都合だった。
さっき精を放ったばかりなのに、痛いほど膨れあがっている。
ケータローはやや乱暴にルシオールのズボンと下着を引きはがす。
小さく残った理性が、必死に己の行為を止めようとするが、すでにほとんどの部分が狂気で彩られていた。
「魔性・・・・・・」
小さく呟いたのは、せめてもの抵抗だった。
ケータローは、ルシオールの足を開きのし掛かっていく。
その時、ルシオールの目が開いた。
その目は、何の感情も浮かべていない、深海に続く海溝の様にケータローを見つめる。
「ひいいいいいっっ!!」
ケータローはのけぞり、ベッドから転げ落ちる。
転げ落ちたケータローを心配してルシオールは上体を起こす。
「く、来るな!化け物!!」
ケータローの興奮は消え失せ、恐怖ばかりが支配していた。
「ケータロー・・・・・・」
ルシオールは悲しそうに手を伸ばす。
同時に、ルシオールの枕元に座っていた、小さなルシオール人形が突然に動いた。
青い目を光らせて、ベッドに立ち上がり、ギクシャクした動きでベッドの上を歩く。
そして、ベッドの縁まで来ると、一気にケータローに向かって飛びかかっていった。
「ぎゃああああああああっっ!!」
恐怖のあまり、ケータローは叫び、逃げる。
「ケータロー!」
ルシオールもベッドから降りて、懸命にケータローと人形を追う。
激しい音が居間から響く。何かが破壊される音。
ルシオールが居間に行くと、人形が、自分より大きなケータローを振り回して、机や壁に叩き付けていた。
「いけない!!」
ルシオールは叫んだ。
ルシオールの中から黒い靄が溢れてくる。更に室内に充満していた靄もまとまり、いくつもの腕の形になり、人形にまとわりついて、その動きを止める。
人形の力は凄まじく、黒い靄の腕を引きちぎってケータローを尚も投げつけようとする。
靄はケータローを受け止める。そして、一本の腕が人形の髪の毛を掴んで持ち上げる。
すると、人形はピタリと動きを止めた。
「ケータロー?」
ルシオールは、血を流し、グッタリしているケータローを、靄の腕で引き寄せた。
「ひっ!」
黒い靄につかまれたケータローが叫ぶ。
「ひいいいいいいいいっっっ!!」
ルシオールを見て絶叫をあげる。その顔は恐怖に歪んでいる。
「寄るな、化け物!気味の悪い怪物め!!俺に触るな!近寄るな!!!」
ルシオールは悲しかった。泣けるなら泣きたかった。
自分はいけない事をしたのだ。
自分を大切にしてくれている人を傷つけてしまった。
ケータローを傷つけてしまった。
自分はやっぱり化け物なのだ。自分自身が嫌悪していた地獄の魔物と同じ化け物だったのだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ケータロー」
ルシオールは小さい声で叫ぶ。
「良い子にするから、私を嫌わないで、ケータロー」
翌日、ケータローはキエルア宛の仕事達成報告を、使者に託した。
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