第11話 魔性 2

 何かが違う。自分が望んでいたのはこれでは無い。

 恐怖すら感じる焦燥感にかられる。

 「もったいない」、「大切な時間が失われていく」、「戻りたい」。

 ルシオールが泣けるのなら、今泣いていただろう。

 大きな声を出して泣きじゃくっていただろう。

 更に、怖いのは、この焦燥感すらも、やがて微睡みの中に紛れてしまうだろうという事だった。


 自分は数百万年の眠りから覚めたのだ。数ヶ月でスッキリ目覚められるほど寝起きは良くない。

 だから、刺激が欲しかった。

 あと一つの刺激で、完全に目が覚めるという気がする。


 一人、部屋で思い悩んでいたら、部屋を黒い靄が覆っていた。

 服を作ったりする黒い靄の正体は、ルシオールも知らない。

 だが、この靄が人を怖がらせるのだという事は知っている。前に、この靄で酷い事をした。何をしたのか覚えていないが、多分人を傷つけてしまったのだ。

 それはいけない事だと教わった。

 ケータローに・・・・・・。

 

「リザリエ?」

 不意にもう一つの名前を思い出す。

 あのメイドがそう呼ばれていたが、それも違う気がする。

 分からない。何もかもがボンヤリとして分からない。

 こんなに助けて欲しいのに、ここにいる人たちはルシオールを助けてはくれない。

 ケータローは親しげな様子を見せるが、必要が無い時は必ず違う部屋に行ってしまう。

 リザリエは、構っては来るが、いつも自分勝手な事ばかり言って、話を聞いてくれようとはしない。

 淋しい。

 とても淋しい。

 自分には、もっと暖かい所があった気がする。

 

 黒い靄が濃くなっていく。小さいルシオール人形も、靄に包まれる。靄が人形に染み込んでいく。



◇    ◇



 ケータローは私室の寝室にいた。

 ケータローの下には、リザリエがあられも無い姿で叫声を上げている。

 ケータローは激しく腰を打ち付けながら、激しく苛立っていた。

「クソッ!クソッ!クソッ!」

 苛立つ気分に任せて、リザリエの乳首を引きちぎる勢いでつねり上げる。

「ああああっ!!」

 リザリエは苦痛の籠もった叫声を上げる。

『理解できない!何だ、あの化け物は!?何が不満なんだ!?』

 ケータローはルシオールの考えている事が分からない。

 表情が読めないし、常に不満そうにしているのが気に入らない。


『あれも女であるなら、俺の見た目に反応するはずだ。態度だって好ましいはずだし、資料にあったように、柔弱な人物を演じている。なのに、あの化け物は、ずっと俺を拒否している。何度「ケータローは?」と尋ねる。例え違っていても俺を選んでも良いだろう』

 仰向けに寝ているリザリエが、叫声を激しくし、体を痙攣させる。

「うるさいぞ!このブタ女!!」

 ケータローは怒鳴りつけて、リザリエの足を持って、うつぶせにさせる。そして、腰を打ち付けながら、リザリエの尻を何度も叩く。

「ああ!あああああっ!!」

 リザリエは、再び叫声を上げて、二度三度痙攣する。

 顔は紅潮し、理性を感じさせない歪んだ表情をして喜んでいる。

『この女は悪くない。良い具合だし、従順だ。あいつもこうあるべきなんだ』

 ケータローはうなり声を上げて、リザリエの中に精を放つ。


 ケータローが何より不快だったのは、ケータローがルシオールに恐怖している事だった。

『あの目が恐ろしい』

 目の中には、その人物の情報が沢山詰め込まれている。

 ケータローはこれまで、相対する人物の目の中に、その人物の姿、心理を見つけて、それによって、自分を適切に演じて、自分にとって有利な人間関係を作って生きてきた。

 しかし、ルシオールの目は、どこまでも深く、底なしの穴の様に見えた。

 ルシオールの目をのぞき込むと、そのまま奈落に落ちてしまう気持ちになる。


 あの美しい青さが怖かった。

 幼い頃に始めて見上げた空。

 神殿の女に助けられた時のあの青空。

 あの時のケータローは、あの青空が、不思議と恐ろしかった。感動はしたのだろうが、いつも見ていた地面とは全く違う美しい色が、とにかく恐ろしかった。

 ルシオールの瞳を見ると、あの時の恐ろしい・・・・・・いや、畏れる気持ちが蘇り、不安になる。


 不気味で恐ろしかった。畏れていた。自分より劣るはずの少女を、自分が畏れている事が耐えられないほど屈辱的だった。

 だから、極力ルシオールには会いたくなかった。つい、物をあげて機嫌を取るようになっていた。

 不安と恐怖は、日増しに強くなってくる。


 以前、夜中に廊下を歩いていたら、ルシオールが立っていた。暗闇に、青い瞳が光って見えた。

 ルシオールは寝ぼけただけなのかも知れないが、ケータローは悲鳴を上げる寸前だった。


 恐ろしい。とにかく恐ろしい。

 そして、恐ろしいのに、その青い瞳と黄金の髪の少女に魅了されている。それがより一層ケータローを不安と恐怖に追い込んでいた。

 簡単な仕事ではある。だが、ここまで恐ろしい思いをしているのはなぜだろうか。それが分からないので、腹が立つ。

 ベッドで呆けている女は気楽で良い。あの化け物に、何の違和感も感じず、ただ綺麗なだけのお人形と思っているのだ。

 ケータローは銀杯の酒を飲み干す。

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