第11話 魔性 1

「おはよう、ルシオール。ご機嫌はいかがかな」

 目が覚めてしばらくすると、紅茶色の髪の青年が明るい声で言うなり、ルシオールの部屋に訪れてきた。

「ケータローはどこだ?」

 特に何かを意識したわけでは無かったが、ルシオールがそう尋ねた。すると青年はクスッと笑うと、全く動じない様子で答えた。

「ケータローは僕だよ、ルシィ」

 そう言われるとルシオールは小さく頷く。

 ルシオールもなぜかは分からないが、朝起きて青年の顔を見ると、毎日この問答を繰り返していた。

 自分自身、なぜ同じ事を尋ねているのか分からない。

 それでも、青年が答えると、少し安心して次の行動に移る気になる。

 

 問答が終わると、ようやくルシオールはベッドから降りて小さいテーブルの席に着く。

 すかさず、メイドがお茶と朝食をテーブルに並べる。メイドはいつも楽しそうに鼻歌交じりにルシオールの世話をしてくれる。

「ケータロー様も召し上がりますか?」

 メイドが勧めると、大きなソファーに深く腰を下ろしたケータローは首を振った。

「いや。さっき食べたばかりだからいらないよ。それより今朝、素晴らしい物が届いたんだ。食事が終わったら書斎においで、ルシオール」

 ルシオールはパンを小さくてでちぎって、それをさらに小さくついばむようにして食べながら、小さく頷いた。


 食事はとてもおいしい。お菓子もついてくる事がある。

 いつももっと大きな口でたくさん食べられたらいいのにと思うが、思うだけで体は言う事を聞いてくれない。

 それがとても残念だ。

 ごちそうさまをする時は、残念な思いで残った食べ物を見つめてしまう。

 それでも、これ以上食べられないのだから、行儀良く「ごちそうさま」と言って、テーブルから離れた。

 それから、着替えさせられた後、メイドに付き添われて、ケータローの待つ書斎に向かう。

 来いと言われた事など、食事をしている際中に忘れてしまっていたが、メイドが覚えていて、むしろメイドの方がワクワクした様子で書斎にルシオールを引っ張って行った。

 ルシオールは、今日は何をするのだろうかと、特に興味を惹かれるでも無くボンヤリする頭で考えていた。

 相変わらず、ルシオールは微睡みの中にいたのだ。



 コンコン。

 メイドが書斎のドアをノックする。

「どうぞ。お入りよ」

 中からケータローの声が掛かる。

「失礼します」

 メイドが告げて、ドアを開ける。

 書斎では、ケータローが豪華な革張りの椅子に座って待っていた。

 目の前の書斎机には、大きな木の箱が乗っていた。

 木の箱だが、豪華な装飾や金属の留め具などで、かなりおしゃれな作りになっている。

 箱の上には開き戸になっているようで、引き開ける金具が取り付けられていた。

「さあ、開けてごらんよ、ルシオール」

 ケータローは明るい声で言う。

「あい」

 ルシオールは返事をして、机に近寄るが、机の上に乗っている箱の上部を引き開けるには身長が足りない。

 手を伸ばして、ユルユルと引っ込めた。

「ああ!ごめんごめん!今床に降ろすからね」

 ケータローは、やや演技がかった言葉を言ってから、木の箱を床に置く。

「箱が重いんだよね・・・・・・」

 箱の大きさは幅80センチ、奥行き40センチ、高さ30センチ程はあろうか。

 床に置くと、ゴンッと鈍い音がする。

「さあ、お待たせしたね、姫」

 ルシオールはケータローに「姫」と呼ばれるのが嫌いだ。

 理由は分からない。

 ともあれ、言われるがままに、ルシオールは箱の引き戸を開ける。

「まあ!何て素敵なのでしょうか!!?」

 歓声を上げたのはメイドだった。

「おお?」

 ルシオールも、中の物を見て驚いたような声を上げた。

「これは最近発表された物なんだ。オークションで競り落としてきたよ」

 ケータローが自慢げに言う。

 ルシオールが箱の中に手を入れて、中の物を取り出す。


 それは、黄金に輝く髪に、青く輝くカロンの海の様な青い瞳を持つ、美しい人形だった。

 大きさは70センチ程。着ている服は黒いドレス。肌は美しい白磁の色。

 ルシオールにそっくりな人形だった。


「すごいだろ?ルシィそっくりだ!それに、不思議な事に、この人形の名前も『ルシオール』って言うんだ」

 ケータローは笑う。

「すごいです!本当にお嬢様そっくりです!!」

 メイドが興奮して叫ぶ。

「あい~~・・・・・・」

 ルシオールも、人形を見て興味をそそられたように、奇妙な声を上げる。

「うんうん。喜んでもらえたなら嬉しいよ!」

 そう言ってから、ケータローは眉をしかめた。

「しかし、同じ『ルシオール』じゃ、紛らわしいから、ルシィがこの子の名前を付けておあげ」

「・・・・・・わかった」

 ルシオールは小さく頷くと、ルシオールが抱くには大きい、小さいルシオール人形を見つめた。


「名前・・・・・・」

「名前・・・・・・」

 ルシオールは、その日一日、ルシオール人形の名前を考えて過ごした。

「名前は嬉しい物」

「名前は大切な物」

 ルシオールはブツブツ呟く。

 薄ボンヤリと、自分が名前を付けて貰った時の事を思い出す。

 あの時、自分はケータローと一緒にいた。今は靄に隠れて顔も思い出せないが、それは、この人形をくれたケータローとは別人だったような気がする。

 そして、そのもう一人のケータローに名前を呼ばれた時、とても嬉しかった気がする。

 一度自覚すると、ここしばらく感じていなかった違和感が、再び目を覚ましてきた。

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