第10話 潜入 8

「深淵の魔王、全ての魔王を統べる真の魔王。巨大な魔王を引き連れてこの世に現れ出ずる。この世に大いなる災いを起こし、この世の均衡を正す」

 エクナ予言書にある一説である。

 この預言書は、生きたまま地獄に落ち、その最下層で魔王と出会い対談した内容が書かれたものだ。

 魔王がこのような預言を与えて、エクナを再び地上に送り届けた真意は分からないが、それによって、「深淵の魔王」の存在を知る事が出来た。

 この預言書は、グラーダ南の無国地帯の沿岸の村で発見された。

 それはかつて、その地域を支配していた王国によってだった。

 そして、支配者が変わり、現在のように小国となったグラーダ国に、禁書として秘されてきたのだ。


 「エクナ預言書」と言っても、分厚い本では無く、ほんの数章からなる走り書きである。当時の魔導師が清書し、表装して革表紙の本の形にしたものが現存しているのみで、真書とも言える走り書きはもう存在していない。

 預言書の他の章には、深淵の魔王についてこう書かれている。

「地獄に流れ着いた生者は、魔物の供物となる。供物を食らった魔物もまた、より深くの魔物の供物となり、落ちてゆき墜ちてゆく。されども深淵に到達する事敵わない。深淵にはただ一人の魔王。魔王の中の魔王。金色の魔王が微睡んでいる。彼の者、目覚めては地上を目指し、地獄をさらなる地獄と変えて天井を穿つであろう。それにより始まる。聖魔大戦が」

 聖魔大戦への預言書。

 それがこのエクナ預言書の真の価値であるとグラーダ国では研究をされてきたのだ。

 そして、そこに現れたのが金色の髪を持つ少女であった。


 少女は天を覆い隠す程の巨大な化け物と共に出現した。

 化け物を操作するかのような現場も目撃されており、世界を容易く滅ぼすだけの力の片鱗を見せつけている。

 エクナ預言書は真実を指し示しており、半分はすでに現実として起こってしまった。

 しかし、世界はいまだ健在で、グラーダ首都で多少の被害が出たものの、それ以外の国では、世界を滅ぼす程の存在が地上に現れたという事実を未だ知らず、人々の生活には何ら変化は見られていない。

 

 危機は今なのか?

 今より将来の事なのか?

 楽観的な物の見方をすれば、その鍵は金色の魔王と共に現れた、魔王の擁護者である青年が握っているのかも知れない。

 エクナ預言書には青年について、その存在を匂わせる文章は無かった。単に青年の存在が重要では無いのかも知れないが、何かしらの行き違いで、預言では見いだせなかった青年が深淵の魔王を懐柔し、世界の破滅を危うい均衡の下、退けているのかも知れない。

 それはつまり、深淵の魔王の力は操作可能な力なのだという証明にはならないだろうか?


 キエルアはその細い一本の糸にしがみついた。しがみついた本人でさえ、それが細い糸であるという自覚はある。

 しかし、糸が細くとも、それをより太くする事が、自分の能力であれば出来るという自負心があった。

 そして、ついに待っていた報告が来た。

「ケータロー様からの報告です。懐柔したとの事です」

 キエルアはニヤリと笑う。

「実験を開始する」

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