第3話 第七層 1
蛍太郎は、深い絶望と失意の中にいた。
突如として体が地に沈み、そこから暗闇の中を落ちて行く。落ちて行く。落ちて行く。
ひたすらに、ひたすらに落ちて行った。
だが、蛍太郎は何も考えたくなかった。
憎みたくないのに、ルシオールに対する憎しみが、沸き上がってくる。それが悲しくて、悲しくて。
落ちながら頭を抱えて体を丸める。
そのまま意識を失ってしまった。
蛍太郎は夢を見る。
これまで生きてきた事を、走馬燈の様に夢で見ていた。
良い事も合ったはずなのに、今は後悔しかない。
妹を死なせてしまった事。
友を救えなかった事。
人を殺してしまった事。
ルシオールを憎んでしまった事。
千鶴の事。
後悔ばかりである。もう消えてしまいたい。いなくなってしまいたい。
目が覚めても、まだまだ蛍太郎は落ちていた。
自分が地獄の穴を落ちている事は理解していた。
目が覚めた時は、第何層か分からないが、地獄特有の赤黒い靄の中を落ちていた。
最早自分がどうなっても良いと思い、すぐに目を閉じてしまった。
あれから、ルシオールはどうなってしまっただろうかと、心配した。そんな自分に呆れる。
それよりも、結婚式を明日に控えていたリザリエを、もっと心配するべきだったのに、それが中々思いつかなかった。
薄情な人間だとつくづく思う。
リザリエの深い愛情には応えてあげたかった。
多分それが理由だろう。
魅力ある人物だったが、蛍太郎にとっては異世界の人間で、その思いを受け止めるだけの度量は、蛍太郎には無かった。
蛍太郎にとっては、自分を思いながら死んでいった千鶴の事が、やはり好きだった。
薄情で、いい加減な男だと、情けない思いで一杯になる。
とことん自分が嫌になった。
だから、ルシオールの事を憎んで、罵声を浴びせかけたのだ。
次に目を開けた時は、再びの闇だったが、やがて、新しい階層に出たようで、赤黒い光が見えた。
地表も果ても見えない、ひたすらに赤黒い靄が続く世界だった。
「・・・・・・第七層か」
三度目ともなると、ここが第七階層だというのが分かる。 そして、ここには星を消滅させる事など容易な魔王たちが何十万、何百万といる世界なのだという事も知っている。
不意に世界が暗くなる。
目の前に、巨大すぎる何かが出現したのだ。
この階層の魔王となると、その大きさは大陸レベル。もしくはもっと巨大かも知れない。
「何が来ようと、知ったこっちゃ無い・・・・・・」
蛍太郎は、ボンヤリと影を見上げる。果てが無く続いて見える。
だが、驚いたのは、それからだった。
『山里君!?山里君!!』
どこからか、そんな声がしたのだ。大音量で、空間全体が震えるようだった。
その声には聞き覚えがあった。
「ま、まさか」
そんなはずはない。目の前で魔物に喰われて死んだはずだ。
「田中さん・・・・・・?」
すると、上から再び声がした。
『ごめんなさい。ちょっと大きさが分からなくなって!』
その声がしたとたん、多分巨大な魔王の体が縮んでいったのだろう。
目の前には、一人の女の子が浮かんでいて、蛍太郎の落下に合わせて地獄の第七階層の空を降下していく。
その姿は、少し変わっているが、間違いなく「田中千鶴」だった。
「た、田中さん?!どうして?!」
蛍太郎は、何が起こっているのか、さっぱり理解できなかった。
千鶴らしき者は、降下しながら、蛍太郎に手を差し伸べる。
蛍太郎もつられるように手を伸ばす。
だが、二人が触れあう事は無い。互いに触れる事が出来ない空間を、蛍太郎は落ちていたのだ。
「山里君!山里君!!」
千鶴らしき者は、涙を流す。額からは角が生え、四枚の羽が背中に生えている。顔色も薄紫色で、髪の色も以前より赤いが、その目、顔、声、仕草は千鶴そのものだった。
「田中さん?!本当に田中さん?」
そんな事あり得ないと思って、蛍太郎は一瞬疑念に駆られる。
それこそ、何かの精神魔法攻撃で、幻影を見させられているのかも知れない。
しかし、考えてみれば、蛍太郎にそんな事するだけの価値など無い。
「あたしは千鶴よ!田中千鶴。同じ三組のクラスメイト!山里君に黄色いハンカチを貰った千鶴なの!!」
少女は懸命に言う。目からはずっと涙がこぼれている。心の底から嬉しそうにしている。
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