第3話 第七層 2
「会いたかった!ずっとずっと会いたかった!!」
蛍太郎に触れない事がもどかしそうに身をよじらせながらも、少女は歓喜に震える。
「でも、俺は田中さんが化け物に喰われるのを見ていた。・・・・・・見ている事しか出来なかった」
蛍太郎はそう言うと、唇を噛みしめる。あの時の無力さが、自分を襲う。
だが、少女は、却って嬉しそうに微笑む。
「ああ。やっぱりあの時、山里君はあたしの近くにいてくれたんだね。あたしを助けようと頑張っていてくれたんだね!」
そうだ。そうなのだ。だが、何も出来なかった。恨まれていても良いのに、なぜ、この千鶴を名乗る少女は、こんなにも幸福そうな顔をしているのだろう。
「でも、ごめんね。山里君は、きっとその事で苦しんだよね・・・・・・」
それから、悲しそうな、切なそうな表情をした。
その仕草は、表情は、どう見ても千鶴そのものである。
「た、田中さん・・・・・・」
蛍太郎の目から、涙が溢れ出してきた。
苦しかった。本当に苦しかった。
自分を苦しめても、苦しめても、それでも足りないほど、あの時何も出来なかった自分を恨んでいた。憎んできた。呪ってきた。
「うわあああああああああーーーーーっっ!!!」
蛍太郎は叫んだ。
そんな蛍太郎を、千鶴はいたわるように見つめる。直接触れないが、頭を抱くように手で包み込む。
「山里君。苦しまなくて良いんだよ。みんなは助けられなかったけど、山里君はあたしだけは助けてくれたもの。あたしは幸せだったし、今は、またこうして会えたから、人生で一番幸せなの」
千鶴が、ゆっくりと、穏やかに囁く。
そして、二人、互いに触れぬまま、抱き合い涙を流し続けた。
少しすると、蛍太郎も落ち着きを取り戻した。
とは言っても、二人は第七階層をひたすら落下している最中である。
ただし、第七階層は、地表までの距離が天文学的な距離なので、時間はたっぷりあるはずだ。
千鶴の姿は、だんだん人間の姿に変化している。
さっきまでは、裸の様だったのだが(模様がいっぱい書かれていたり、部分毎に色が違っていて分からなかったが)、今は、以前に見かけた、赤に白線のチェックのワンピースに生成りのカーデガンを身に着けていた。
「田中さんは、どうして無事でいるの?」
蛍太郎が尋ねた。
すると、千鶴は、照れたように頬を染める。
「あたしは、化け物に食べられて、溶けて死んじゃうまで、ずっと山里君の事ばかり考えていたの。山里君といられた時間を、最初からずっと繰り返して、『ああ、幸せだったなぁ』って思いながら死のうと思っていたから・・・・・・」
「ええ?!」
照れて良いのか、悲しんで良いのか、蛍太郎にも判断が付かない。
「山里君は知らないと思うけど、地獄の魔物って、互いに互いを食べるじゃない?でも、食べられた方の意志が強ければ、食べた方の体を支配できるのよ」
説明が飛び、話の終着点がどこにあるのか、蛍太郎は見いだせずにいた。
「つまり、あたしが、食べられても、山里君の事を強く強く思っていたから、次々と魔物の体を支配できたの。それで、気付いたら、第七階層の魔王になっていたの」
事も無げに千鶴は言うが、それだけ何度も食べられたという事になるし、その度にずっと蛍太郎の事を思っていた事になる。
「山里君と、いずれまた会えると信じていたから、どんなに辛くても頑張ってこられたの!」
可愛くガッツポーズを取るが、蛍太郎は、やはり上手く反応できない。
すると、千鶴がまたしても、切なそうな表情をして、囁く。
「お願いだから、自分を責めないで。苦しまないで。あたしが最初に死ぬ時、最後に願ったのは、山里君が幸せになる事なの。だから、お願い。苦しまないで」
蛍太郎はまた涙が溢れてくる。
「な、何で田中さんは、そこまで俺の事を?」
すると、千鶴は計算され尽くしたかのような角度で、笑顔を作る。
「だって、あたしは山里君の事が大好きだから!!」
言った後で、真っ赤になる。
「つ、ついに言っちゃった!!」
これが地獄の第七階層の魔王なのかと思うくらい、普通の少女である。
だが、その言葉でも、蛍太郎の悲しみと苦しみは消えない。
「お、俺も・・・・・・。俺もさ。田中さんの事が、好きだったんだよ・・・・・・。なのに、なのに・・・・・・」
「いやあああああっっっ!!!」
千鶴が叫んで、一瞬で飛んで行き、見えなくなった。
「はっ?!田中さん?」
「ぁぁぁあああああああっっ!!!」
凄まじい勢いで、千鶴が戻ってきた。
「や、山里君!今のは本当?!あたしの事、好きだって言った?」
「う、うん。ずっと可愛いと思っていたし、大島で、本気で好きになった・・・・・・」
それは事実である。
「あたし?根岸さんじゃ無くって?」
千鶴から小夜子の名前が出るとは思っていなかったので驚きつつ頷いた。
小夜子には申し訳なく思う。小夜子の気持ちも痛いほど分かったのだが、その時には、とっくに蛍太郎は千鶴に心を惹かれていた。
多分、最初に教室でぶつかった時からだろう。
「嬉しい!嬉しい!!二万四千年も待っていて良かった!!!」
千鶴が叫んだ。
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