第9話 獣の狂気 4

 問題はそこからである。戦場のどこかにいるルシオールを見つけられるか?

 蛍太郎が志願兵として共に行軍していたとしても、配置や役割によっては接近も出来ないだろう。よしんば接近、接触できたとしても、最も厳重に警護されているであろうルシオールを連れ去る事が出来るのか?

 ルシオールの側には、恐らくリザリエの師であった、元グラーダ国主席魔導顧問官のキエルアが付いている事だろう。

 

 そして、ルシオールが蛍太郎についてきてくれるのか?

 これは考えるだけで辛い内容だったが、可能性としては考えなければならない。もともと感情の起伏が少なく、いつも半覚醒状態だったルシオールである。

 そもそも、蛍太郎と行動を共にした月日もそれほど長くない中、それ以上の期間離れ離れになってしまっているのだ。

 蛍太郎の事を忘れていても不思議ではないし、覚えていたとしても、蛍太郎に従って付いて来てくれる可能性も高いとは言えないかもしれない。

 

 更には、戦争の始まる時期である。

 あまり遅いと、蛍太郎の精神的疾患が悪化してしまう可能性がある。蛍太郎自身が認めている通り、現在正気に戻っているのは一時的改善にすぎない。

 この先悪化する可能性は高い。

 

 つまるところ、全ての面において、大きな賭と言わざるを得ない作戦である。

 そして、最もリザリエが懸念すべき点は、戦場で蛍太郎が無事、生還できるのかという事である。


 唯一確実なのが、「戦場にはルシオールがいる」という一点。

 それに望みを託すほかなかった。


「なら、私もご一緒します。魔導師なら確実に戦の重要な役割を与えてもらえますから」

 蛍太郎は苦笑した。

 リザリエも思わず言ってしまった後で、当たり前の事に気付いて赤面した。

「君は無理だよ。君の師匠が敵なんだ。魔導師として戦に参加したら、当然キエルアに見つかる」

 蛍太郎もキエルアと面識はあったが、一兵士として軍に志願すれば、キエルアとて、一人一人といちいち顔を合わせたりはしないだろう。

 グレンネック国では兵士として女性が戦に参加する事はなかった。

 戦に参加する女性は、主に魔導師か、娼婦か。

 リザリエに娼婦など、当然させるつもりなど無かった。

 補給部隊の中に女性がいなくもなかったが、リザリエのような美人となると、間違いなく娼婦の役割も強制させられるだろう。

「君は俺の帰りを待っていてほしい」

 リザリエは漠然とした不安を感じつつも、小さく頷く事しか出来なかった。






 翌日、早速二人は今の家を引き払い、隣町に移った。そこで兵士の募集をしているとの事だった。募集はしているが、その後別の場所に集結して、戦に向けての組織的訓練が行われるはずなので、家を借りずに、宿屋の一室を確保した。そして、その日は蛍太郎の持参装備の調達と、情報収集をした。


 装備としては、動きやすさを重視した軽装の鎧と、コンパクトな盾。武器は大型のナイフと、片刃で反りのある刀である。日本刀とは全く違って、幅広で、シミタ-とでも言うべき作りだが、日本人は突くよりは引く文化なので、刀を選んだ。

 以前に剣を購入したときは、実際に人を傷付けるなどとは考えてもみなかったので、見た目ばかり気にしていたが、実際に人を傷付け、殺す為に武器を選ぶ事になると、気持ちが浮かれようはずもなかった。

 武器を決定した時は、その武器が実に汚らわしい物に思ってしまった程である。

「それはケータロー様を守るための武器です。そして、ケータロー様は私を守ってくださるために武器を取るのです。それはあなたにとって良い武器ですよ」

 リザリエの慰めの言葉で、何とか武器を購入できた。

 それでも、蛍太郎が誰かをこの武器で傷付ける時は、それが、自分のエゴに発する物であるという事実だけはせめて忘れないようにしようと、蛍太郎は心の中で刀に誓った。

 結局争いは、人と人のエゴでしかない。いかに正当化しようと、その事実に変わりは無いと蛍太郎は思う。

 思い始めたのは最近だ。

 平和な世界で育った蛍太郎だからそう思えるのかも知れないが、だとしたら、そう思い続けるのは蛍太郎の役割なのではないかと、一人思い始めていた。誰かに伝えるには、蛍太郎はあまりに無力である。



 武器屋や酒場では多くの情報が手に入った。蛍太郎が武器を揃えているとなると、自然に情報は転がり込んでくる。

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