第9話 獣の狂気 5
「今度の戦いは、農園の権利で、ルナーズ子爵家と、フェナルド伯爵家がもめていて、ルナーズ子爵がアズロイル公爵に助力を請うた事が発端になった」
「戦は一ヶ月以内に始まるだろう」
「今回の騒動が国王からの仲裁を受ける可能性はかなり低いだろう」
「フェナルド伯爵は、隣国に援助を求めて増援を得る準備をしている」
「この戦争の目的は、次期国王と成られるエルクハルト王太孫の妃候補を巡る争いが発端となっている」
噂の域を出ない話もたくさんある中で、役立ちそうな情報を取捨選択しつつ整理していくと大体次のようになる。
まず、この戦の発端は農園の権利を巡って、些細なトラブルがあった。ルナーズ子爵家の三男が経営する農園を、フェナルド伯爵家が譲り受けたいと申し出た。しかし、権利と共に、土地も大きく譲らなければならず、提示された金額も納得できる物ではなかった。ルナーズ子爵は当然断った。しかし、位階で言えば子爵家よりも伯爵家の方が上である事を笠に着て、執拗ないやがらせが始まった。
フェナルド伯爵家としては、こうして値段を摺り合わせて、現実的でありつつ、最も安い値で農園を手に入れる目論見だった。しかし、ルナーズ子爵は、どうした伝手があったのか、三大公爵家のアズロイル公爵に調停を依頼した。
ルナーズ子爵が依頼したのは、あくまでも調停だった。
しかし、形の上では調停の依頼だったが、これが貴族間戦争に発展する事は想定済みだった。
なぜなら、現グレンネック国王は高齢で、王位が次の国王に受け継がれるのは時間の問題とされていた。しかし、現国王の息子は、現国王より先に病気で他界していた。第一王位継承者であるエルクハルト王太孫は現在十九歳で独身である。適齢期の娘のいる貴族は、こぞってエルクハルト王太孫に娘を差し出している。
そんな中、三大公爵家は、どの家にも適齢となる独身女性がいなかった。アズロイル公爵家には、十歳になる少女と、二十六歳になる未亡人がいるのみで、何とか競争に加わるとなれば、適齢期の娘のいる家を排除せねばならない。
ルナーズ子爵家にもフェナルド伯爵家にも、適齢期の娘がいる。フェナルド伯爵家の娘、エリエルラは美人であると社交界では有名であり、非常に目障りであった。アズロイル公爵の考えは見え透いている。
ルナーズ子爵には「借り」いう形で、フェナルド伯爵家を
貴族間戦争は、グレンネックでは珍しくないことで、大抵は一戦しての勝敗で、その後の話し合いの優位性を決定するものである。
戦決闘には貴族本人は出ないので、人命を用いてのゲーム感覚なのだ。
兵士は傭兵か、貴族が自分で保持している軍で行う。
今回フェナルド伯爵家がしたように、自分の領内だけで戦力を確保できない場合は、他国に戦力の提供を願う事も少なくない。他国も、その場合は傭兵として戦力供給を行う。
これは本来、国の法では禁止されているのだが、貴族の都合で守られていない。国王も、よほどのことが無い限り調停も仲裁もしない。
絶対の権力を持っているが、現国王は暗愚である。
二百五十年に達しようとする長い歴史の中で、国家の体制は膿み、歪んで来てしまっているのである。
アズロイル公爵はかなりの軍備を保有しているはずだが、今回の貴族間戦争では、それ以外の傭兵を多く集めている為、自らの軍を使わずに、数だけ集めて威嚇の為の布陣を敷き、実際には戦闘は行わないのではないかと、多くの人が思っている様子で、そうした噂から、危機感無く兵士募集に応じる若者が多いとの事である。
しかし、フェナルド伯爵が他国に軍備援助を依頼するからには、直接戦闘は行われる可能性もある。アズロイル公爵の思惑が威嚇だとしても、フェナルド伯爵がそれに応じる必要など無いのだ。
そこで、賢しげな者はこう分析する。
寄せ集めの兵を威嚇のための布陣として並べるが、これは囮で、甘く見たフェナルド伯爵の軍が蹴散らしにかかったところを、アズロイル公爵本軍が伏兵なり後背なりからの攻撃で殲滅するのである、と。
戦決闘は、明確なルールが存在する。
一つ、決められた戦地内で決戦する事。
一つ、互いに用意する兵士の数は最小、最大の範囲を設定する事。
一つ、勝敗は、自軍の将が討たれるか、敗北宣言する事で決する。
一つ、武器、魔法の制限は無い。
一つ、戦場に村や町があったとすれば、略奪は可能である。
最後の決まりなど、とんでもないルールである。
ただ、大抵がどちらかの所領で行うので、領民が戦渦に巻き込まれては、後の税収に関わってくるので、出来るだけ村や町を避ける傾向にはある。
グレンネックはほとんどの土地が起伏に乏しい平地であり、戦場となりそうな場所には事欠かないので、よほど倒錯した趣向の持ち主で無い限りは、罪の無い領民が戦決闘に巻き込まれる事は無い。
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