第9話 獣の狂気 6

 事情を知る蛍太郎は、噂話を耳にしても、心乱される事はなかった。アズロイル公爵、いや、キエルアの狙いは結局はルシオールの実戦使用のテストでしかない。アズロイル家保有の軍を損なう必要など全くないのだ。

 弱そうな寄せ集め軍を並べて、そこに大軍で攻め込んで来てほしいのだ。

 向こうが布陣に付き合ってくれればベストだが、攻め込んで来て混戦になってもキエルアはためらう事など無いだろう。

 敵も味方も関係なくルシオールの力を試すに違いない。

 彼らが募集している兵士とは、とどのつまりが案山子でしかないのだ。

 そうと知っていても、蛍太郎は兵士に志願する道を選択してる。



「それにしても」

 情報を整理しつつ、蛍太郎は全く関係ない疑問をリザリエに投げかける。

「リザリエもそうだけど、キエルア、エルクハルト、エリエルラ。このグレンネックって、名前が、その・・・・・・何というか、韻を踏んだと言うか、似た発音を繰り返すような名前が多いなぁと思って・・・・・・」

 実際には韻を踏んでいないし、同じ発音を繰り返してはいないのだが、耳にしたときの印象として蛍太郎は感じたことをそのまま口にしていた。

 すると、リザリエがクスリと笑った。

 リザリエは蛍太郎の武具におまじないの魔法を掛けていた。

 おまじないは、気持ちの問題程度にしか効果を現さないので、魔法武具のような絶大ではっきりと分かる効果は現れない。

 リザリエが掛けたおまじないは「矢が避けてくれますように」「剣が折れませんように」といった、願い事である。

 おまじないなので、魔法使いがやったからと言って、特別強い効果が現れるものではなく、どこでも、誰もがやる程度のものだ。

「グレンネックでは、名前は音の響きで決めるのです。美しく聞こえる響きを多くの人は好みますが、勇壮な響き、優しい響き、力強い響きなど、それぞれ願いを込めて音を選ぶんです。私の名前も知性的であれと願ってこの音を選んでくれたそうです。おかげで魔法使いの端くれになれたのかも知れませんね」

 そう言われると、何となく「リザリエ」という音が知性的に思えてくる。リザリエにぴったりの名前のようだ。


「でも、グレンネックの人の名前は、本当はもっと長いのです。たくさんの意味と響きの願いが込められています。私の本当の名前も長いんですよ」

「へえ。なんて名前なんだい?」

 何気なく聞いてみると、リザリエは頬を赤らめた。

「グレンネックでは、本当の名前を気軽に女性に尋ねてはダメですよ」

「へ?」

「本当の名前を聞くのは、男性からのプロポーズです」

「ええ!?」

 派手に驚いて、顔を赤らめてすっかり狼狽しきった蛍太郎を見て、リザリエは声を上げて笑った。ひとしきり笑ってから、おまじないをかけ終わった武具をテーブルに置くと、リザリエが椅子から立ち上がって答えた。

「リザリエ・アールチュールス・ヴァレリア・ティル・キシュナリエ・シュルステン。『ヴァレリア』は出身地。『ティル』は屋号。『キシュナリエ』は家それぞれですが、私の家では、我が家の花の名前です」

「へえ~」

 蛍太郎はボンヤリと聞きながら感心した。出身地ということは『ヴァレリア村』なり、『ヴァレリア町』という所でリザリエは生まれたという事になる。

『家の花』などは日本では家紋に近い感じなのかも知れない。

 そうした事を名前に盛り込む文化なのだと感心した。


 このエレスにも、様々な国、種族がいる中で、それぞれに歴史や文化、文明を築いて世界の人々は日々現在を生きているのだと思うと、蛍太郎にとっての異世界でも、ここは確かに存在する世界なのだと思った。

 でも不思議な事に、同じく大国であるアインザークの人の名前は、どう聞いてもドイツっぽい名前が多い。「ベルクハルト」「シュタインバッハ」などの名前がある。地球との共通点の多さに、ここでも驚いたものだ。


 そんな思索を、次いで発せられたリザリエの言葉が粉砕した。

「そして、訪ねられた女性が本名を伝えるのは、プロポーズを受けた証なんですよ」

 リザリエのいたずらっぽい目つきは、蛍太郎の理性を崩壊させるだけの破壊力を持っていた。

 しかし、ここは何とか崖っぷちで踏みとどまれた。

「に、日本では、最近では響きで決めるが、大体は文字に込められた意味を組み合わせるんだ。それで、願いや希望を、思いを込める。また、名前に使われている線の数によって、運勢があり、より運が良くなる名前を付けたりするんだ。ちなみに、俺の『蛍太郎』は、単純だよ。内の両親が結婚を決めたのは、二人で蛍っていう、光る虫が飛ぶのを見に行った時なんだって。『蛍』って字は『けい』とも読む。で、太郎は大体、男。それも、長男に付けられる代表的な名前なんだ。だから『蛍太郎』なんだ」

 リザリエは蛍太郎の話を興味深げに聞いていた。

「素敵な文化ですね」

「まあね」

 言われると、蛍太郎も悪い気がしない。

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