第10話 潜入 4
翌日、蛍太郎、ジーン、ヴァンの三人は、アズロイル公爵の兵に志願した。
三人は、すぐに野営地へ行き、新米兵たちの訓練に加わった。
訓練内容は隊伍を組んでの行進から始まり、基本的な武器の練習。拍子抜けする程、たいした訓練は行っていない。
並んである程度動けたり、それっぽく武器を構えられればいい程度である。
お飾りの部隊としての役にさえ立てば良いという事だろうが、一般市民の参加者はそれで充分戦士になった気持ちでいるようだった。
蛍太郎も、グラーダにいた頃に多少の訓練をしていたので、剣の腕なら一般市民よりは上だろう。
槍もグラーダで訓練を受けたが、弓は未経験だった。
この一週間で、それなりに飛ばせるようになったが、狙いの正確さは要求されず、ただ前に、距離を飛ばす事だけを要求された。
「ヘイヘイッ!てめぇはとんだ役立たずだ!くその役にも立たない能無しサル野郎だ!!バナナでも食って、おねんねしちまいな!!」
そんな罵声を浴びせられながら、
それでも、一応蛍太郎は手の皮が何度もむけるくらいの練習はしている。
訓練は午前中が行進。集団での訓練。午後は武器修練。夕方には終了する。
その他にも訓練をしたい者は、勝手に行っていた。その、勝手に行う訓練の中では試合などもしていた。
急増されたこの部隊の人数は、グレンネック各町や村から集められた一般市民や傭兵たちで、合わせて約二千人である。
無論、国家間の戦争になれば、規模も様々ではあるが、万単位の人数で争われる。グレンネックとアインザークの戦であれば、海戦となり、船が二百艘、人員は五万人以上となる。
グレンネックは奴隷制度のある国ではあるが、奴隷は戦争に参加は出来ない。グレンネックの奴隷制の制度は、それなりに厳しい物だったので、奴隷に武器を持たせられないのである。
鎖で繋ぎ、物や家畜のように働かせて使い捨てる。
人権など無いので、虐待を楽しむ悪趣味な者も少なくない。奴隷は値段が高いので、奴隷同士で子どもを産ませて、その子どもをそのまま奴隷とするシステムまである。
それを商売にする「奴隷農場」などと呼ばれる職業まで、公然と存在しているのだ。
逆にアインザークの奴隷は、「奴隷」のイメージとは違い、かなり自由がある。手首に金属製の環がはめられているが、鎖につながれる事はない。
主人や雇用主から給料ももらえている。奴隷同士でなら結婚もできる。ただし、奴隷の子は、身分上奴隷である。
しかし、働いて貯めた金で、奴隷から解放されて、市民権を手に入れる事も出来る。
奴隷は主は選べない。また、主に逆らう事は出来ないが、労働条件は法的に定められているので、違反があれば訴える権利があった。
旅行は出来ない。戦争参加、政治参加は出来ない。
しかし、これは市民権を得れば可能になる。
奴隷の中には、主人より資産があり、奴隷としての身分を満喫している「奴隷貴族」と呼ばれる者もいるのだから、蛍太郎としては驚きである。
奴隷にあるのは労働の義務のみである。
貴族は政治参加の権利と義務があり、高額納税の義務がある。
市民は政治参加の僅かな権利と引き替えに、戦争参加の権利を得ている。
戦争参加は何人にとっても義務ではない。しかし、一攫千金のチャンスがあるのだ。
こうしてみると、同じ奴隷制度でもかなり違う事が分かる。
グレンネックは厳しい奴隷制度もあるが、貧富の差も激しく、どの都市、街にも、スラムが存在している程だ。
その為、使い捨てにされるとは言え、一般市民にとって、貴族間の戦争は一攫千金のチャンスなので、兵は募ればすぐに集まる。
志願者は、素性を確かめたり、実力を測られる事なく集められる。傭兵業をやっているとうそぶく連中の中にも、蛍太郎よりも遥かに実力で劣る人物も少なくない。
もっとも、蛍太郎が腕を上げたのは、ジーンが練習に付き合ってくれたからだった。
ジーンが練習相手をしてくれると、いくら激しく動いても疲れを感じる事もなく、武器が羽のように軽く、踊るようになめらかに動くのだ。それでいて、最適な攻撃を、最適な角度で連続的に繰り出す事が出来る。
はたかれ見れば、蛍太郎がとんでもない達人に見えた事だろう。
そして、ジーンとの練習が終わると、快適な疲労感と共に、体に剣の動きが染み込んでいく実感を得られるのだ。
無論、練習の中で出来た全ての技術が、身になるのではない。ほんの一割程度・・・・・・いや、それ以下だろうが、それでも、実力は格段に上がっていく。
はっきり言って、蛍太郎には剣の才能は無い。
戦士としては凡人でしか無いが、死なないだけの力は付いているように思う。
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