第10話 潜入 5
ジーン、ヴァン、蛍太郎の三人が行動を共に出来たのは、三日までだった。
訓練が始まると、すぐにジーンの飛び抜けた実力が上官の目に止まり、引き抜かれていってしまった。
翌朝見たジーンは、入隊時のみすぼらしさを装った服装と皮鎧ではなく、きらびやかな鋼の鎧に身を包まれて、騎乗して蛍太郎のテントを訪れた。
呆気なく蛍太郎の側を離れてしまった自分のうかつさに気落ちしている様子だった。
しかも、引き抜いた上官は、すでに彼の部下になっていた。
「すまない」
うなだれるジーンに、ヴァンがケラケラ笑う。
「出世して『すまない』も無いよな!」
「・・・・・・」
「そうですよ。一兵卒よりもルシオールに近づくチャンスがありそうですし、ジーンさんに探ってもらえれば目的が果たしやすいと思います」
蛍太郎は励まし半分、呆れ半分の気持ちで伝えると、ジーンは表情をやや明るくした。しかし、すぐに表情を曇らせる。
「しかし、リザリエ殿に君を守ると約束した・・・・・・」
「それは・・・・・・」
蛍太郎は、自分の腕で自分を守りきる自信はまだ持てなかった。
「それなら、俺がいるだろ!お前には最初から期待してなかったよ。もともとお前は向いてないんだよ、潜入するのは!」
ヴァンがやや真剣味を帯びた目でジーンを見つめる。非難の形を取りつつ、ジーンの身を心配している気配が伝わる。
「こっちの心配もいらなきゃ、お前が無茶をする必要も無い。これは俺向きの仕事だ」
ヴァンは暗殺、護衛、侵入などの特殊技術をたたき込まれて生きてきたのだ。
ジーンは能力こそ高いが、そうした仕事は専門外と言える。
ジーンは能力以上に高いカリスマ性により、今回の仕事は向いていないと言わざるを得ない。どうしても目立ってしまうのだ。
「ヴァン。君の事は頼りにしている。よろしく頼む」
ジーンから頼られるヴァンを、蛍太郎は心の底から羨ましく思った。
ヴァンも瞳に力が籠もる。それでも、態度には出さないように努めているようで、わざとらしいため息をついた。
「はぁぁぁ。そんなに気になるなら、訓練後にでもこいつをもっと鍛えてやってくれよ。もう少し使えるようにならないとヤバいだろ?」
ヴァンに背中を叩かれて、蛍太郎は思わず背筋が伸びる。「引き受けよう」
ジーンが微笑む。
「よ、よろしくお願いします」
蛍太郎が頭を下げると、ヴァンが笑った。
「分かってると思うけど、その間は俺の時間だからな。こいつの護衛はジーン。お前がしっかり務めるんだぞ!」
ジーンが力強く頷いた。
「そうか」と蛍太郎は思った。つまり、剣の稽古をしてもらっている間はジーンが側にいてくれる。
その間にヴァンが野営地で情報収集に動くという事だ。実際に戦闘が行われていない間は、自分の護衛などいらないとも思うのだが、責任を感じてしまっているジーンには、そうした役割が必要なのだろう。
ただ守られるのでは、あまりに情けないとも感じたが、今は意地を張る時では無い。
リザリエの献身のおかげで、今は安定している自分の精神状態も、今度いつ悪化するとも限らないのだ。
本当は自分が思い描いていたように、厳しく、激しく、休む間もないほどの訓練を期待していたのだ。
そうすれば、あれこれ思い悩む暇も無くなるかも知れない。しかし、実際はぬるい訓練だ。
それなりに体を動かしたり、働いたりするが、過酷にはほど遠い。
中学の時のバスケ部の練習の範疇を越えていない気がする。蛍太郎の通っていた学校のバスケ部は、試合はするが、都大会とかに出られるレベルでは無く、楽しくバスケをやる事が主目的となっていた。
命を懸ける戦争の訓練が、その域を出ないのには落胆を禁じ得ない。
もっとも、市民参加の人たちからすると「これならできる」と感じている様だ。多少武器の扱い方の訓練を受けただけで「強くなった」と思い込んでいる人もいる。もちろん、不安に駆られて自主的に訓練をしたり、ただ怯えているだけの人もいる。
蛍太郎たちは、この部隊がお飾りで、下手すると、新兵器実験の為の
いずれにせよ、蛍太郎一人ではあまりにも勝算の無い戦いであった。ヴァンの力が必要不可欠であると、今は確信している。
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