第8話 魔王 4
この蛍太郎の住んでいた地球とは違う異世界エレスには、神も悪魔(魔神という)も存在しているが、何よりも恐ろしいのは地獄の勢力である魔物である。
地獄の勢力は、地上世界に敵意と害意しかなく、これまでも世界を滅亡させようと企んできた。
その地獄勢力が、大挙して地上に進出してくるのが「聖魔戦争」である。
今のエレスが文明を築く前に起こった聖魔戦争では、地上世界の九割以上が死滅し、大陸も三つ海に沈んだ。
残った唯一の大陸にも、巨大な爆発跡が残り、それがアール海となった。
神も、その数を百名程度にまで減じて、地獄勢力に付いた魔神は、更に数を減らしてしまった。
精霊界に住む精霊族も最後の大陸を守るために死力を尽くして、千人ほどになってしまった。
そして、地上界の文明は完全に滅んで、石器時代からの再出発となってしまったのだ。
そんな聖魔戦争が、200年前にも起こったが、その時は伝説の英雄「竜騎士アル」が創世竜を率いて参戦して、魔王の出現前に地獄の蓋を閉じて防いだのである。
彼らは、一度文明が滅んだ事は知らない。そう言う説があると考古学者たちが言っているが、確たる証拠は掴めていないので、「伝説では」程度の認識だった。
だが、本能にすり込まれているかのように聖魔戦争を恐れ、地獄勢力を恐れている。
だから「魔王エギュシストラ」の名前を聞くだけで息を呑むのである。
「だ、だとしても、私は実際には見ていないが、話によると、あの者はほんの小さな子どもにしか見えないそうだ。それも害意無さ気な少女だというではないか」
落ちつかなげに文官の一人が呻いた。
「見た目が小さくとも、空の化け物を操ったとすると、間違い無くその化け物よりも格上なのだろうさ。エギュシストラが町一つなら、あれはこのエレスすべてを灰にしてしまえるかも知れんな」
ジーン以外の者は、皆息を呑んで黙り込んでしまった。
結局、会議は何の発展も見せずに終了し、国王や、ジーンを含む騎士たち、アヴドゥルたちは退室した。
会議終了後も、魔導師と文官たちはその場に残り、額を突き合わせて、堂々巡りの話を続けていた。
翌朝、と言っても、昼にかかりそうなくらいの時間に、ようやく蛍太郎は目を覚ました。ベットのそばにうずくまる様にして寝ていたようだ。
ベッドを見ると、ルシオールが静かな寝息を立てて眠っている。黒いドレスのまま薄手の掛布を掛けて、身動き一つせず眠る姿を見て、蛍太郎は思わずほほ笑んだ。
「良く寝る子だな」
蛍太郎は一つ伸びをしてみたら、体中がきしんだ。全身が激しい筋肉痛になっていた。
考えるまでもなく、小さいとはいえ、確実に二十キロ以上あるルシオールを背負ったり担いだりしながらかなりの距離を歩いたのだ。付け加えて、硬い床に妙な姿勢で寝ていた事もあるだろう。
妹の一件以来、部活にも入らず運動不足になっていた事を実感する。今の蛍太郎の筋肉には、かなり酷な運動だった訳だ。
蛍太郎は、筋肉の抗議に閉口しつつも、なんとか立ち上がると、改めて部屋の中を見回した。
小さな部屋だった。
ベッドが二つと、テーブルと椅子、鏡台がある以外、何もなかった。
しかし、清潔感があり、調度は整えられ、過ごし易い雰囲気があった。
窓には雨戸のような戸板が下ろされているが、隙間からは外の明るい光が差し込んでいた。
蛍太郎はテーブルの上の水差しを取ると、そのまま口を付けて飲んだ。あっという間に飲み干してしまった。喉の渇きが落ち着くと、空腹と、体中が汗と埃と砂まみれなのが気になった。
それ以外にも、気になる事など、数えればきりが無いくらいだった。
まずはルシオールの事。
現状の、不可解で不安ばかりの状況に蛍太郎が置かれているにもかかわらず、いつの間にか着ているルシオールのドレスはどうしたのだろうかとか、髪の毛を切りそろえてやらなきゃとか、起きたら食べ物をもらってあげなきゃとか、そんな小さな事から蛍太郎は考えてしまう。
それらの小さな事をあれこれ考えた後、買い揃えたばかりの荷物をなくした事に気付いて、それについてクヨクヨ悩んだ。
ゲイルと共に他の国へ行こうと言う計画も白紙になってしまった。
更に、兵士に囲まれて、国王まで出て来て拘束なのか、軟禁なのかされてしまっては、只の高校生である蛍太郎にどうこう出来る範疇を超えていた。
となると、どうにも出来ないならその事は考えずに、身近な所から考えようという、ある種の達観した領域に入っていた。
それで、さっき考えた様な小さな事が、真っ先に思いついたのだ。
だが、本当の理由は、恐ろしい事から目を逸らしたいという防衛本能から来ているのだろうとも気付いていた。
自分自身が内包した、残忍なまでの激しい「憎悪」と、それによってもたらされた破壊からは、今は目を逸らしていたかった。
これまでに無かった自身の「憎悪」する心は、あの大島での大崩壊と、地獄での友人たちの無残な死が生み出したのであろうと言う事は想像がつく。
それが原因であろうと、蛍太郎は醜い己の心で激しい自己嫌悪に襲われる。
いくら自己嫌悪使用と、そうした心の傷は、容易く癒えるものでも、解決出来るものでもないだろう。
更に言えば、今度は自分たちが原因で崩壊を引き起こし、死者も出すほどの被害を、この国の人たちに与えてしまったのだ。
今それを考えてしまうと、正気を保てそうもない。
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