第8話 魔王 3

 「館」と言いながらも、そこは立派な城だった。硬い天然の岩の丘をくり抜き、作り足しながら作られた建物で、館の外には三重の城壁があった。

 第二壁の内側には、大きな兵舎や、訓練場も設けられていた。建物的には、本館と兵舎以外はすべて平屋だった。本館の規模的には、会議堂の他、十数部屋あるばかりで、他国の城と比べると小さいのが、館と呼ばれるゆえんであろう。

 蛍太郎たちは、本館の中庭にある、別棟平屋の迎賓館に案内されていた。


 蛍太郎たちが意識を飛ばしている間、本館の会議堂は夜通しの会議を行っていた。

 三十人用の会議室には、十数人ばかりが額を付き合わせていた。グラーダ国王を筆頭に、先のローブ姿の魔導師二人、騎士二人。

 そして、魔導師らしきものが後二人に騎士が一人。文官三人に、見張りに立つ、如何にもただの兵士ではない、そう、忍びであるかのような身構えの男が一人。

 他にも数名集まっている。


「それで、博士はアレを何と考えておられるのか?」

 最年長らしい文官風の老人が口を開く。

 会議堂にいる全員が一人の人物に注目する。

 グラーダ王に対面する位置に座っていた人物は、背も小さく痩せぎすで、陰気な表情をした中年の男、アヴドゥル博士だった。

 アヴドゥルは、神経質そうな目つきで、取り囲む十数人をキョロキョロと見回すと、つまらなそうに呟いた。

「そんな事わかるわけがない」

 全員が色めき立つ。

「しかし、あなたは地獄の研究家の権威でいらっしゃる」

「そうさ。私は地獄に一番近い人間だ。だがね。地獄は広いのだ。我々が想像するより遥かにね。私はそのほんの一部しか知らん。それさえ、これまで残された資料から得た知識だ。私が実際に地獄の住人と取引でもできれば、さらなる情報は得られるだろう。そういう意味でも、私もあの場に同行させるべきだったのだよ、君らは」

 アヴドゥルは僅かにしか開けない口の間から吐き出すように、一気に早口にしゃべった。

 その間も、神経質そうに周囲を見回したり、椅子の肘かけの端を指で何度もなぞったりしていた。

「何者かと訊ねるなら、まずは面会させてほしいもんだね」

 苛立たしそうに言う。

「しかし、彼らは今眠っているのです」

「わかってるよ。しかし魔王なら寝ていようがなんだろうが、たいした問題ではあるまい。まあ、起こしたら爆発する程度で、寝ないで疲れる程度の存在ではあるまい」

 アヴドゥルが言った事に、一同はギョッとした。

「爆発されては敵わんのです。出来る事なら、永遠に寝かせておきたいぐらいだ」

 魔導師が叫ぶ。

 実際に、巨大な爆発が家を数軒なぎ倒し、被害も出したし、何よりも空を覆い尽くさんばかりの巨大な目玉の出現を見た後なのだ。

「大体『知恵ある竜』、いや、『創世竜』にまで目を付けられているのです」

「そいつらは私の専門外だね。そこの坊やの方が興味あるんじゃないかね」

 アヴドゥルは、若い騎士を顎で示した。


 鷹のような目をした騎士は、無表情で何を考えているのか掴み得ない。

 騎士にとっての憧れは、竜と対決し勝利する、いわゆる「竜殺し」を成し遂げる事である。

 それ以上の最高の栄誉としては、野にいる竜ではなく、世に十一柱存在する偉大な創世竜と対面した後、会話をして生きて帰って来る事であった。

 騎士ばかりではないが、それを果たせた者は、歴史上、ごくわずかである。そのうち半数が伝説としての話として伝えられている。

 鷹の瞳を持つ美丈夫たるこの騎士ジーン・ペンダートンにとっても、追い求める夢でもあった。

 ジーンは若いが、すでに生ける伝説として、数々の偉業を治めている遍歴の騎士で、黒いマントの背に、白銀の十字がされていることから「白銀の騎士」として、広く民衆に知られている最強の騎士であった。

 すでに、「竜殺し」も「神殺し」もしているし、幼くして一軍を率いて、滅亡寸前の国を救い、敵国を滅ぼした過去がある。 そんなジーンも、未だに間近で創世竜に対面する栄誉には浴していない。 

 

 しかしジーンは、身じろぎ一つ、眉一つ動かさず、替わりに魔導師に向かって訊ねた。

「その偉大な竜の動向はどうなったのだ?」

「はい。あの竜たちは、姿を消したままで、恐らくそれぞれの棲み家に戻ったものと思われます。一つの脅威は、とりあえずは預け置かれたようです。・・・あくまでも一先ずは、でありますが」

 魔導師の一人がすかさず答える。その報告に、グラーダ国王は無言で頷いた。そして、視線を再びアヴドゥルに向けると、ため息交じりに呟いた。

「しかし、やはりアレは『魔王』なのかね」

 グラーダ国王が訊ねた。

「そうでしょうな。しかしですな。空に現れた目玉の、異常な大きさを見たでしょう。どんな記録にも載ってはおりませんな。砂漠に出現した手についても同様。あんな大きさの魔物がいる事は、どんな文献、記録にも載ってはおりません。せいぜい、この館程度の大きさが、記録にあるもっとも恐ろしい魔王の大きさですな。ご存じでしょう?魔王『エギュシストラ』の名を」

 アヴドゥルの言葉に、数人がつばの飲み込む。

「あれは、『愚か者フェリーク』が一つの村の住人の命と引き換えに召還し、望みとして莫大な富を与えたという。そして、ご存知の通り、フェリークはその後、発狂して金貨を次々飲み込んで、腹が割けて死んでしまう・・・・・・」

 アヴドゥルの陰気な話し方に、皆、ゾクリと身を震わせた。


 勿論これで話が終わる訳ではない。

 身の丈30メートル近くの巨大な魔物は、多くの地獄の魔物を地獄から呼び出し、一大勢力となって現在アインザーク国となっている一地方を占拠する。そして、いくつもの村や町を破壊し、都市を蹂躙した。その後、魔王エギュシストラが忽然と消滅し、ようやく事態を収拾できたのだ。

 それは今から200年以上前だが、それがその後に起こった聖魔戦争の呼び水となった。

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