第8話 魔王 2

 その時、人々が空を見上げて悲鳴を上げた。全員が一斉に空を見上げる。蛍太郎は、また、あの眼球がこちらを覗き込んでいる様を想像したが、そうではなかった。

 空を見上げて蛍太郎は愕然とした。晴れ渡った夜空に、くっきりと浮かび上がるほどに白い、巨大な竜が飛んでいた。

 竜は巨大な眼球が現れた辺りを、すさまじい勢いで旋回しながら飛んでいた。

 そして、今は何もない空に向かって、正に空を焦がすような激しい炎を吐き上げた。炎は夜空を明るく照らした。


 その炎により、暗い空に浮かび上がったのは、もう一頭の黒い竜であった。

 尻尾から頭まで三十メートルはあろうかという巨大な白い竜をさえ、はるかに上回るほどの大きさの黒い竜が、白い竜のすぐ近くを飛んでいた。

 巨大な姿に似ず、白い竜と同様に、すさまじい速さで飛んでいた。

 その竜は、夜空の中では黒く闇に同化して見えたが、炎の中では、黒い鱗に炎が反射して、輝くような赤い色をして見えた。

その黒竜も、白い竜同様に、夜空に炎を吐きあげ始めた。二頭の巨竜は、激しく何度も何度も炎を天に向かって吐きあげ続けた。

「創世竜だ!!」

 竜が吠え、空が明るく輝くたびに、人々は悲鳴をあげ、半狂乱で逃げ惑っていた。とは言え、どこへ逃げたらいいのか分からず、右往左往する者がほとんどだった。


 更に、砂漠の方でも炎の輝きが見えた。蛍太郎たちの位置からは見えないが、明るくなった辺りから察するに、あの巨大な腕が出現した辺りの様だった。

 蛍太郎は、ファンタジーの世界でしか知らなかった竜を、この目で見た事に、信じられない思いだった。

 しかし、この世界には確かに竜がいた。また、思い返すに、見るからに「魔法使い」のイメージ通りの出で立ちをしたローブの男たちは、その自らの風貌にふさわしく「魔法」という言葉を使っていた。


 これまでは、日本もアメリカもアフリカも存在しない世界でありながら、単なる外国のような雰囲気と捉えていた世界観が、今蛍太郎の目の前で、ガラガラと音を立てて崩壊した。

 ここは、地球とは、常識も概念も、全く異なる世界なのだ。俗に言うファンタジーの世界なのだ。

 

 竜たちは、ひとしきり炎を上げた後、さっと、どこかへ飛び去って行った。

「お、恐ろしい」

 ローブの老人が悲鳴のような声を上げた。

「陛下!『知恵ある竜』に気付かれてしまいました。き、気付かぬはずがないのだ!」

 若い方のローブの男も青い顔をして、ルシオールを指差しながら言った。

「この者だけでも、この国の脅威であるのに、さらに『知恵ある竜』まで敵に回すとなると、この国は今日までの命運と覚悟されたが良いぞ!」

 しかし、国王は驚きと畏れを顔に残したまま、静かに頭を振った。

「この者の出現だけで、この国の命運はすでにわが手中にはない。卿らにとっても、それは同じであろう。すでに手の打ちようもあるまい。この上は、この者の慈悲に縋るばかりだ。これは卿らの見立てから判断したところだぞ」

 そう言われて、ローブの男たちは黙り込んだ。そこへ、若い騎士が口をはさむ。

「卿らの報告、正しいものであろうな」

 鷹の様な鋭い眼差しを、二人のローブの男たちに投げかける。

 若いローブの男は、思わずといった感じで背筋を伸ばした。

 ローブの男たちは、この若い騎士に本位、不本意にかかわらず一目置いている事が窺える。

 その問いに対して初老の男が、苦虫を噛みつぶしたような表情で答える。

「そ、それは間違いなく。我が魔力すべてに賭けて断言できよう。この者の力は、恐らく『知恵ある竜』以上である。我が国の魔導師、兵士全て合わせた所で、太刀打ちできませぬな」

 その答えに、若い騎士は一つ頷く。

「であれば、王の判断に従い、全霊を挙げてお助けするのが卿らの務めであろう」

 言葉は淡々としているが、聞く者の肝を冷やすには十分な迫力が込められていた。ローブの二人はかしこまった様子で、胸の前に手を上げた。


 

 グラーダの兵士たちは、王や、この一行を護衛する者と、付近の住人の救助に当たる者とに分かれ、機敏に動き始めていた。

 救助された者の中に、左足、左目を失い、半死半生で救助された者がいた。人形師ゲイルである。

 ゲイルはこの後、命は取り留めたが、深く激しい狂気に飲まれ、精神を病んだまま人形を作り、最高傑作とされる、意志ある魔人形「ルシオール」を作り上げる。

 そして狂気の人形を二十三体作り、最後はその人形たちに惨殺される事になるのだった。それらの人形はいずれも輝くばかりの黄金の髪を持っていたとの事だ。


  


 蛍太郎は、寝息を立てて眠るルシオールを抱えたまま、自分自身も激しい疲労と、睡魔に襲われていた。

 頭も痛み、意識を保つのに、不断の努力を強いられていた。

 考えてみれば、大島での大崩壊から、まだ二日と経っていない事になるのではないか・・・。

 そして、激しい緊張と恐怖、混乱。

 さらにひたすら歩き続けてここに至っている。

 最後に少し休んでからどれくらい恐怖と驚愕と混乱の中で活動し続けた事だろうか。

 

 ぼんやりとして、どこへ導かれているのかも分からぬまま、気付けば建物に入っており、簡素だが、清潔感ある部屋に通されていた。

 ルシオールを何とか部屋の隅のベッドに寝かせると、蛍太郎はその場に崩れるように倒れこんで、意識を失った。


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