第5話 罪 6
むごたらしい遺体が転がる、ほぼ全潰の建物からリザリエは出て行く。すると、野盗はさらに多く、建物に集まりリザリエを取り囲む。
恐怖でしかなかった。リザリエには、相手も魔法使い相手に恐怖しているという考えなど浮かばなかった。
『シザーズ・クワッド!!!』
『グリモアル・フレール!!!』
立て続けに過剰な魔法を放つ。
現在の魔法使いは兵器である。戦場に置いて、多数の敵を殲滅する為に練り上げられた破壊兵器なのである。
回復魔法や、精神系、神経系の魔法も存在するが、それはあまり望まれていない。
いかに激しく、数多くの敵を殺すかが、「魔導師」に求められていた。
リザリエは、魔法使いとして、故郷に小さな治療院を開くのが夢であり、その為に、邪道とされている、神経系、精神経の魔法も使う事が出来る。
それにより、破壊魔法以上に敵を無力化できる事を、リザリエは知っていた。
しかし、現在はそれを考える余裕がなかった。
自らが巻き起こした、恐ろしい破壊魔法による結果にも恐怖していた。
周囲に野盗の姿がなくなって、ようやく麻痺魔法の使用に思い至った。
その時には、大量の人間を殺してしまっていた。恐怖と後悔で涙が出そうになるのを堪える。
蛍太郎と合流しなければいけないと思ったからである。
自分が攫われた以上、蛍太郎も野盗に襲われた恐れがある。蛍太郎の無事を確認しなければいけない。
つたない探索魔法を使うと、蛍太郎が意外に近くにいる事に気付き、まずは自分同様連れ去られてきているのだと思い、救出のために、自らの魔法で破壊した、アジトを囲む柵から外に出る。
すると、そこに蛍太郎の顔を発見したのである。
リザリエは心の底から安堵して、微笑んだ。
◇ ◇
「リザリエ!!」
蛍太郎が岩陰から飛び出すと、リザリエはすぐに気付いて、笑顔を見せる。
「ケータロー様!!」
リザリエが駆け寄ってくる。
見た感じ、リザリエに怪我は無さそうだし、服装の乱れもない。
「ケータロー様!!何でここに?!」
リザリエは心配そうに蛍太郎を見て、太ももの怪我を見つけて悲鳴を上げる。
「た、大変!血が・・・・・・」
「それどころじゃないよ!リザリエは攫われたんだろ?野盗は?!」
リザリエは、それでも蛍太郎を心配そうに見ながら、事もなさげに言う。
「野盗はみんな倒しました」
言外に、幾人かは命を奪った事実が含まれていた。
蛍太郎は、安堵から、その場にへたり込む。
「・・・・・・ああ。そう言えば君は魔導師だったね」
魔導師というのは、戦場での最大戦力である。それ故に高い地位を得ている。
一握りの魔導師を自国に迎えるために、どの国も必死であり、魔導師は売り手市場なのだ。
当然、末席とは言え、「魔導師」の称号を名乗れるリザリエは、野盗程度では束になったところで敵う相手ではない。
蛍太郎はそう思い至り、自分が過剰に心配しすぎたのだと悟る。自分が来なくても、リザリエは一人でなんとでも出来たのだ。
となると、自分は必要も無いのに人殺しという罪を負ってしまった事になる。
恐ろしさで震え、頭が混乱してくる。
「ケータロー様。もう野盗の心配はいりませんので、まず治療をさせてください」
リザリエが魔法詠唱をし、蛍太郎の傷を癒やしていく。
「リ、リザリエ。俺さ、心配で」
「大丈夫です。魔導師を捕らえて口を塞いでいないなんて、千人の兵士を囲いの中に招き入れたようなものですから。それよりも、ケータロー様。私の為に、こんな無茶しないで下さい」
そう言いながらも、心配してきてくれた事は素直に嬉しかった。それに、蛍太郎に行ってみせるほど、リザリエも余裕など無かった。
だが、蛍太郎はそれを知らない。
「リザリエ・・・・・・。俺、人を殺しちゃったんだ」
蛍太郎は呟く。
「ケータロー様・・・・・・。彼らは、捕まれば極刑です。それに、生きていた方が、これからも多くの罪を犯します。ですから、ケータロー様が気に病む事なんてありません。むしろ褒められるべき事です」
リザリエの言う事はそうなのだろう。だが、日本の平和な国に、平和な時代に生きた蛍太郎にとって、その辺の道理は関係なかった。
人を殺す大罪を犯したのは間違いなく、それは細胞レベルにまですり込まれた常識が、蛍太郎を苛んでいるのだ。
リザリエとしても、人を殺したのは初めてだった。リザリエが蛍太郎に言った道理を、自分にも言い聞かせなければ、罪悪感に押しつぶされそうになっていたのだ。
麻痺魔法を思いつくまでに、無駄に二十数人もの野盗を、無残な死体に変えていた。焼き殺し、バラバラに切り裂いていた。
木の柵の内側には、そうした死体が転がっているはずである。
蛍太郎の顔を見た時には、本当に安堵した。
「大丈夫です。ケータロー様は、ルシオール様の大切な人です。かけがえのない人です。何よりもあなたの命を優先してください。私がその事を誰にも責めさせません」
リザリエは、うな垂れる蛍太郎の頭を抱きしめた。
その後、麻痺している残った野盗を縛り上げると、二人は近くの村に向かった。
野盗をどうするかは村人に一任する。役場に報告すれば、報奨金がもらえる事だろう。
そして、歩いて乗合馬車の出ている町まで向かう事となった。
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