第6話 魔導師の館 1

 夕刻の赤い空の下、赤い馬車は、石造りの家が建ち並ぶ大きな都市に入っていた。

 石畳で舗装された道を進む。

 人々があふれる都市に入っても、人々は馬車の上のジーンには気付かない。

 ジーンは、幼い頃から、この気配を完全に消し去る「無我」を使って、敵の城に侵入しては攻め落とすという武勲を立てている。

 そのまま、屋根に乗り、馬車の到着地点まで向かうつもりでいた。

 

 しかし、目的地である巨大な館の門に近づいた時に、強大な魔法結界が張られている事に気付いた。

 とっさにジーンは馬車の屋根から飛び降りて、急いで人々の中に紛れ込む。

「キエルアは、やはりいるな・・・・・・」

 ジーンは呟くと、人の中に紛れつつも、影のように姿を消して歩き去って行った。


 都市ごとにいくつも所有しているアズロイル公爵家の豪華な館の一つ「闇梟館イールエルドベルン」。

 この館のどこかにキエルアはいる。

 慎重で他者の仕事を過信する事がないキエルアは、必ずルシオールが本人である事や、現在の状態をその目で確認するはずだ。その時にキエルアの居場所が知れる。

 ジーンがキエルアを討つ好機となるのだ。



 ジーンはすぐには館に向かわない。

 こういう時は、まずは情報収集をする必要がある。ジーンにとって、このギスク要塞都市は初めて訪れる都市だが、何の迷いもその足取りには感じさせぬ軽やかさで、すぐに薄暗い酒場を見つけ、店の中に入っていった。

「いらっしゃい。見ない顔だねぇ」

 女の盛りを過ぎた店の主人が、それでも花を咲かせようと分厚く化粧を施した、妙に白い顔でジーンを見つめる。

「旅でね。出来ればしばらくこの町に逗留したいんだがね」

 女主人は、ジーンの伏し目がちな美貌に思わず息をのむ。

「あんたいい男だねぇ。商売人には見えないけど」

「ああ。傭兵だ。ここのところ、大きな戦がなくってね。暇になったから、しばらくこの町で骨休めをしたいと思ってね」

 ジーンは指先を動かして女主人に酒を要求すると、さりげなく話題を転じた。

「でも、次の仕事も見つけなきゃならないんだが、そこの大きな館の主人は、用心棒でも雇ってくれないかなぁ」

 酒をジーンの前に滑らせると、女主人はため息をつきながら答える。

「あんた、そんないい男なのに戦仕事とはねぇ。もったいない」

 もったいないとは、何に対してなのだろう・・・・・・。そんな疑問にも構わず女主人は続ける。

「あそこはアズロイル公爵閣下様の愛人用のお館だよ。もっとも、今は愛人が死んじまってるから、家来たちが使ってるんだよ。家来ったって、公爵様の私兵だから用心棒を雇ってはくれないだろうねぇ。確か今は、何だかって言う魔導士様があそこの主人だそうだよ。腕に覚えがあるってんなら、募兵しているらしいから、別邸じゃなくって本邸を訪ねなよ。公爵様も、今はこの町にいるから、運が良ければ雇ってもらえるかもねぇ」

 ジーンは喜んだ顔をして見せた。

「それはいい。是非お目にかかりたいものだ。・・・・・・しかし、公爵様が兵を集めているとなると、戦準備でもしてるのかな?」

 公爵に限らず、爵位を持つ貴族たちは一定量の私兵を持っている。



 グレンネックという一つの国ではあるが、貴族たちが領地を分割して統治する形をとっている。しかし、その主権は国王が所有している絶対王権制度の国家である。

 諸侯は、領土内での一定の自治が認められており、税、開拓、大綱以外の法の制定が可能である。

国王に対しては大綱内の法の遵守と税金を納める事の他、戦争時には軍事力を提供する義務を負っている。

 ただし、その軍事力に貴族自身が兵として参加する義務がないため、私兵や傭兵を雇い、必要時の軍事力としている場合がほとんどである。

 他国への戦は国王の命令が必要だが、各諸侯同士の争いには国王はあまり関与しない。その為、軍事力を用いた決闘が諸侯間で行われている。

 ルールを持った戦であり、互いの主張を通す手段でありながら、諸侯にとって、この戦決闘ウォーゲームの観戦は最大の娯楽である。

 


 アズロイル公爵家が兵を集めているという事は、近々戦決闘ウォーゲームを行う予定なのだろうと察せられる。

 それを聞いたジーンが笑顔を浮かべると、女主人は苦笑を浮かべて答える。

「いやだねぇ。あんた本当に傭兵なんだねぇ。戦と聞いて喜ぶなんて・・・・・・」

 要塞都市であるギスクは、度々戦場になっている。

 それ故に、女主人も戦には慣れているが、難攻不落のこの都市は、いままで一度も城壁を破られた事はなかったので、戦を語る女主人はどこか他人事である。

 だが、アズロイル公爵が今度抱えた「災禍の種」の存在を知れば、こうも無関心ではいれなかっただろう。

「兵士が増えれば、客が増えるんじゃないかい?」

「でも、常連客が死んじまったら客は減っちまうよ」

 女主人は大きな声で笑った。

「しかし、なんで公爵様はこの街に逗留しているんだろうか?戦をする気があるならこんな所でのんびり舞踏会なんてしている場合じゃないだろう」

 女主人はまた笑った。ジーンも合わせるようにクスクス笑う。

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