第2話 最初の旅 4

 蛍太郎がこの世界について知らねばならない事、知った方が良い事は山ほどあるはずだが、いざ聞いて見ようとなると何が知りたいのか分からなくなってしまう。そこで、このファンタジックな世界ならではの事をどうしても聞きたくなってしまう。


「そう言えば、この世界には、神様とか魔神とかが本当にいるって?」

 宗教にあまり関心の無い、またはこだわりの無い多くの日本人にとって、「神」とはボンヤリしたイメージしか無い。「魔神」に至っては漫画やゲームでしか聞かない存在だ。

「はい。いらっしゃいます。私は会った事はありませんが、魔法契約の儀の時に、確かに存在を感じました。会う方法もありますよ」

 リザリエがあっさりと肯定した。しかもリザリエの口ぶりでは、会えたとしても、あまり会いたくはなさそうな雰囲気がある。なので地球の人間であれば聞きたくなる質問が飛び出す。

「神様って何してくれるの?」

 その答えには、また微妙な表情で苦笑いを浮かべたリザリエが、ため息をはき出すかのように、答えになっていない答えを口にする。

「神は気まぐれですから・・・・・・」

「え?」

 一瞬言葉に詰まる蛍太郎に、逆にリザリエが質問してきた。

「ケータロー様の世界での神様ってどんな感じなんですか?」

「うん・・・・・・。そうだなぁ~。正直、神様なんてモノはいないと思っているよ。でも、こう自分に都合のいい事だけは神様に期待したい、という気持ち・・・・・・というか文化?」

「文化・・・・・・ですか?」

「ああ。でもこれは俺が住んでいた日本って国での話だよ。他の国では、神様を信じてすごく信仰していたりするらしいんだ。勿論、日本にも信心深い人はいるけどね」


 蛍太郎は続ける。

「たとえば、受験での合格祈願。勝負事での必勝祈願。恋愛成就や家内安全、無病息災。厄除けやおみくじ、安産や交通安全の祈願」

 思いつくままに神頼みする事を並べ立てたが、ふと見るとリザリエの様子がおかしい。手で耳を押さえて苦痛を感じているのか眉間にしわを寄せている。

「あれ?どうかした?」

 心配になり声のトーンを落として尋ねた。するとリザリエがホッとしたような表情になり、何があったのか説明した。

「ケータロー様が『たとえば受験』といった後から、言葉が聞き取れなくなって、耳鳴りがして頭が痛くなったんです」

「え?聞き取れなかった?『無病息災』とか『家内安全』とか?」

 そう言ったとたん、またリザリエの表情が険しくなる。慌てて蛍太郎は口をつぐんだ。

 リザリエが自分の考えを述べる。

「恐らくケータロー様の言語と、エレスの言語の翻訳に速度的なずれが出た為、人に聞き取れない様な言葉になったのが原因だと思います。すごくゆっくりともう一度言ってもらえますか?」

蛍太郎は頷くと、速度に気をつけながらもう一度言った。

「か・な・い・あ・ん・ぜ・ん」

 一語一語ゆっくり噛み締めるように言って口を閉じると、リザリエが小さく笑った。

「聞こえましたよ。『家内安全』ですね?」

 そういうリザリエの『家内安全』は蛍太郎ほどでは無いがゆっくりで、それなのにリザリエの口はもっと多くの発音をしているのが分かった。

「ケータロー様の『家内安全』をエレス語で言いますね」

 リザリエが宣言してから、次に口を開いたとき、翻訳されていない生のエレス語が耳に届く。

「フェル・ソーデリスズ・エル・コンヴェディリクス」

 蛍太郎が首を傾げる。

「『全員・家族たち・の・安全』と聞こえました。多分、意味としては『ソルズ・ヴァン』で通じるはずです」

 

 ルシオールの加護によって、蛍太郎は様々な事から守られているという。

 一番実感できるのがこの言語翻訳だ。

 とても使い勝手が良く、そのつもりで聞けば直接のエレス語で耳に届くし、こちらの言葉も日本語、英語、和製英語、造語まで訳してくれたり、直接相手に聞かせる事も出来る。

 それによって、エレス語も単語ではあるが、少し覚えた物もある。

 さらに便利なのが、いまリザリエがやったように言語を適正化する学習機能までついている。

 なので、今補正された『家内安全』も・・・・・・。

「家内安全」

 蛍太郎が普通に言っても、もう適正化されリザリエに「ソルズ・ヴァン」と届いたはずだ。その証拠にリザリエはニッコリと笑って手を叩く。さっきは言葉の速度の差により、適切に訳されずに、いわば超音波のようになって大気を振動させたのだろう。

「という事は、俺が四字熟語とか、お経とか唱えると、超音波攻撃が出来るって事?」

 と、安易に蛍太郎が考えてしまったが、ルシオールの翻訳機能の学習速度は半端ない。一度は超音波になったとしても、さっきみたいに補正作業を行わなくても数回で適正化してしまうので、超音波攻撃を常用化しようとしたら、蛍太郎の知識の倉庫はすぐに空っぽになってしまうだろう。

 その事はこの後「無病息災」で実験してすぐに明らかになってしまった。



 がっかりしながら蛍太郎は話を戻す。

「・・・・・・で、なんだっけ?え~と、まあ、そんな感じで、あんまり神様って奴が実在するのが実感できないんだよ」

 蛍太郎が、もしもっと日本の、世界の神話に詳しければ、リザリエも更に好奇心を煽られただろうし、エレスの神との偶然にしては出来過ぎている共通点にも気付けただろう。

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