第2話 最初の旅 1
グラーダ城を飛び出した形になる蛍太郎とルシオールの旅は、急いで合流を果たした末席魔導師リザリエがいなければ、その日のうちに破綻をきたし、ノコノコとグラーダ城に戻っていた事であろう。
まず、蛍太郎たちには先立つ物がなかった。
その日の宿はおろか、食事にさえありつけない
次に計画がなかった。
目的地もなければ、地理的な知識にも乏しかった。グラーダ城で、異世界エレスの地図を見たり、地理について学びはしたが、実感を持っての学習でない限り、地図の知識がそのまま現実の方向や距離とは結びつくものではなかった。
未熟な探索魔法で蛍太郎たちを追尾して、数時間後に合流を果たしたリザリエは、落涙、低頭の限りを尽くして懇願し、何とか同行の許しを得た。
その後、リザリエは従順に二人の後をついて歩いていた。
二人はあっちにフラフラ、こっちにフラフラと立ち寄り、無駄に時間を費やした為、大通りを出る前に夕暮れとなった。
そのため、実にグラーダ城から数キロも離れていない所で宿を取る事となった。
もちろん無一文の蛍太郎に支払い能力などなく、リザリエの財布から賄ってもらう事になったのだ。
もし、城から追っ手が出されていたら、たちまちのうちに城に連れ戻されるか、一騒動あった事だろう。
更に、翌日にも町の中をウロウロするのみで、方角を変えて、城から数キロの宿に宿泊する事となった。
そうした状態が後二日続いたあたりで、ついにリザリエが従順さの衣を脱ぎ捨てて蛍太郎に詰問するに至った。
「ケータロー様。一つ・・・・・・いえ、いくつかお伺いしたい事があるのですが」
ルシオールをベッドに寝かしつけ終わった蛍太郎が、ビクッとして居住まいを正す。
「グラーダの城を飛び出しましたが、いったいどこに向かうおつもりなのですか?」
「いや・・・・・・ルシオールの足の向くまま、気の向くまま・・・・・・」
「それでは、結局この町から出る事もなく、ただウロウロして過ごす事になるのでは?もしそうなら、何も城から飛び出さず、何とか外出許可をお求めになればよかったのではないでしょうか?ケータロー様なら、その許可を取り付ける事など造作もなかったはずです」
ルシオールの力を背景として蛍太郎が頼んだなら、グラーダ国王の許可を取り付ける事は可能だっただろう。
町をブラブラして遊びたいだけだったら、城にいた方が二人とも快適に過ごせただろう。
蛍太郎もこの旅の破綻が、無計画さにあると思い直していたところであった。
そもそも、無一文で何とかなると思った辺りが度し難い。
「もう一つが、目的地に行ってからどうするのかと言う事です。その後の生活はどうするおつもりなのでしょうか?旅費としばらくの生活費ぐらいなら、私のお金をお使いくださっても大丈夫ですが、ずっと旅ばかりとなりますと、数年で尽きてしまいますので・・・・・・」
またしても痛い所を突かれる。
実際、ちょっと前まではただの高校生だった蛍太郎が、生活設計などできるはずもなく、ただ勢いで行動していたのだ。
蛍太郎は素直にわびて、リザリエに相談を持ちかける事にした。
それにしても、旅して回っても数年は保つ資金をリザリエが持っている事にも驚きがあった。
「魔導師は儲かる」というのは本当なんだなぁと、叱られつつも考えてしまった蛍太郎である。
蛍太郎はまずルシオールに海を見せたいと思っていた。
その後にはリザリエが教えてくれた大国であるグレンネックかアインザークに行き、そこで
リザリエがため息を
「海でしたら、西に行けば見られます。最も、港町以外は大地が切り立っているのと、潮の流れが激しいので、北の国のように海水浴は楽しめませんが・・・・・・。また、グレンネックかアインザークに行く案は賛成です。海を見てからいくのであれば、グレンネックの方が近く、港からの乗合馬車や、商隊に同行させてもらう手もあります」
リザリエの表情は、いい加減な弟をたしなめる出来の良い姉の物となっていた。
そのような事があり、更に旅の準備に二日をグラーダで過ごした後、ようやく蛍太郎たちの旅が始まったのである。
実に、グラーダ城を飛び出してから、五日後の事だった。
準備したのはまず服である。
ルシオールは黒いドレスで、蛍太郎はデニムパンツに麻のシャツだった。
ルシオールの服装はもちろん、黄金色の輝く髪はあまりにも人目を引いた。蛍太郎の服装も、砂漠のただ中にあるグラーダで外を歩くには適していない。
その為、グラーダの民族衣装である「ギダ」を用意する必要があった。これは、蛍太郎たちが初めてグラーダに来た時に身に着けた物と同じで、女性は頭も顔もすっかり覆ってしまうため、紫外線から体を守るのに役立っていた。生地も通気性に優れているので暑さを和らげる効果がある。頭から隠れるので、ルシオールの黄金色の髪も目立たなくなるだろう。
リザリエもルシオールも未婚なので、黒のギダを身に着ける。魔導師である事を誇示するマントは外してしまう。
既婚の女性は白いギダを身につけるのが習わしとなっている。男性は逆で、白いギダが未婚者で、黒いギダが既婚者だ。これは宗教的な理由ではなく、未婚者が既婚者を見つけやすくするためのものらしい。男性はターバンで顔が見えているが、女性は顔が隠れてしまうので、まず、服の色で結婚相手を探すのだという。
そんな国では、おかしな楽しみ方もあるもので、風が吹いたり、何かの拍子に女性の顔が見えると、男性たちは性的興奮を覚えて、えらくはしゃぐのだという。
蛍太郎の世界では「パンチラ」に相当する現象として捉えられるであろう。
初めてその話を聞いた時は、グラーダに来て間もない頃だったので、思わず笑ってしまったが、長くグラーダにいた為、この頃は蛍太郎もその気持ちがわかってきた。
だから、いつも顔を見せていたリザリエが顔を隠した時はすごく残念な気持ちになって、風でも吹かないかと期待している自分に気付き、一人赤面する蛍太郎であった。
堂々と見ている時は、なんと言う事もないのだけど、隠れている物が偶然見えた時のお得感が、男性の気持ちをくすぐるのだろう。
「それは自然の摂理であって、俺のせいじゃない」と心の内で叫んでいる蛍太郎の様子を、ルシオールが小首を傾げてみていた。
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