第5話 罪 5

「??」

 男は、何が起こったのか理解できていない。

 蛍太郎が剣を引くと、血がのどから吹き出る。その血を見て、初めて自分が攻撃された事に気付いた。

 その時には、声を出す事も出来ず、地面に倒れる。

 男は痙攣をしてから動かなくなった。

『殺した!?』

 蛍太郎は、自らの行為に驚愕する。

 恐怖と後悔が襲いかかる。

『俺が人を・・・・・・殺した』

 吐き気が込み上げて来て、蛍太郎はその場に倒れ伏して激しく嘔吐する。

 足も痛むが、今は人を殺したという嫌悪感が自分を苛む。



『くそ。でも、今は急がないと・・・・・・』

 見張りが殺された事がバレたら、警戒が強くなり、今度こそ蛍太郎は殺されるだろう。

 蛍太郎は、震える手を抑えて、剣の血をぬぐい鞘に収める。

 そして、男の死体を少しでも目立たないように、岩陰に引きずっていく。

 それから、今度は周囲にもっと注意しながら、アジトに近づいていく。

 それは小さな要塞だった。

 木の柵が張り巡らされ、柵の内側にはいくつかの建物がある。

 人数も少なくとも二十人以上はいるようだ。

 篝火のみが光源なので、確かな事は分からない。

『もう少し近付かないと・・・・・・』

 意を決して、蛍太郎がアジトに向かって足を踏み出した、その瞬間である。


 ドガァァーーーーーーン!!

 

 激しい爆音と共に、アジトの建物の一つの屋根が吹き飛ぶ。

 炎が音を立てて建物から吹き上がる。

「うわああああーーーっっ!!」

「ぎゃあああぁぁぁっっ!!!」

 男たちの悲鳴が、あちこちから上がる。

 蛍太郎も驚き、再び岩陰に逃げ込み、アジトの様子を窺う。

 

 ドガァァーーーーーン!!!


 再びの爆音。

 木の柵が、派手に吹き飛んだ。

「ふざけんな!!あの女、魔導師じゃねぇか!!」

「なんでそんなの攫って来たんだ!!」

 野盗たちが悲鳴を上げて、壊れた木の柵の間から逃げ出して来る。

 しかし、逃げ出した野盗たちも、何事か急にその場に倒れ込む。

 倒れた野盗たちは、痺れたように痙攣している。

『な、何だ?!』

 そう思った時、壊れた木の柵を乗り越えて、リザリエが出て来た。



◇    ◇



 リザリエが意識を取り戻したのは、蛍太郎がアジトに到着した時と、ほぼ同じ頃だった。

 リザリエは、目を閉じたまま、自分の身に起こった異常に驚愕する。

 腕が縛られていて、木の台の上に、仰向けに寝かせられていた。

 周囲からは男たちの騒がしい声がしている。

『取り囲まれている!?』

 目が覚めた事を気取られぬように、薄めを開けて周囲の状況を探った。

 リザリエがいるのは、建物の中。周囲には野盗とみられる柄の悪い男たちがいる。

「分配も終わったし、そろそろ、この女で楽しみましょうよ」

 下卑た声が掛けられる。

 

 野盗たちは、昼に寝て夜に活動する。深夜は一番活動的になっている時間帯である。


 リザリエは恐怖しながら、自分の状態を確認する。

 手は縛られて、頭の上に置かれている。足は縛られていないし、目隠しもされていない。

 衣服は身に着けている。まだ陵辱された様子はない。

「待て待て。目覚めてから、泣き叫ぶのを見ながらじゃなきゃ楽しくねぇ!」

 恐らく野盗の頭目らしき男が笑う。

「じゃあ、ぶっ叩いて起こしましょう」

 誰かが、リザリエの胸ぐらを掴んで引き上げる。

「あんまり顔を傷つけるなよ。やる気が削がれる」

 頭目に言われた男は、がっかりしたように頷く。

 リザリエは恐怖から、目を見開いた。

「あれ?こいつ起きてやがった」

 胸ぐらを掴む若い男がケタケタ笑って、手を離した。

 周囲から男たちの騒がしい声が響く。

「いい女だ!」

「お頭、ひん剥いちゃってください!」

「良い声上げろよ!!」

 下卑た笑いで、リザリエは恐怖して混乱する。

 しかし、口は縛られていない。叫び声を上げさせたいという、この男たちの歪んだ精神が、この場ではリザリエの救いとなった。


 恐怖と混乱の中で、リザリエは口の中で魔法の詠唱を唱える。必死だった。


 頭目がニヤニヤ笑いながら、リザリエの両足を持って、力を込めて広げていく。

 一人の男は、縛られた腕を押さえて、身動きが取れないようにした。

 更に、もう一人の男がスカートをめくり上げていく。

 その中に、頭目が頭を侵入させていく。


『エクシリアル!!!』

 

 リザリエが絶叫する。

 次の瞬間、リザリエの周囲にいた五人ほどの男たちは、見えない壁に弾き飛ばされる。

 風の防御魔法である。ただし、この防御魔法は切断能力が付与されている。

 リザリエの腕の戒めは解けたが、同時に、掴んでいた男、スカートをまくり上げていた男の腕が切断され、スカートの中に頭を突っ込んでいた頭目は、首が切断された。


「うわあああああっっ!!」

「何だ!?何だ!?」

 野盗たちが混乱する。だが、リザリエの混乱はそれ以上だった。


 野盗の血と叫び声が、リザリエの恐怖と混乱を、更に煽った。

 それにより、リザリエは魔法の選択の余裕を失ってしまった。


『グリモアル・フレール!!!』

 

 家屋内で使うには、あまりに過剰な爆炎魔法。

 室内にいた野盗は、全員が瞬時に消し炭となった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る