第5話 罪 4
深夜になり、岩だらけの山の中に、野盗のアジトがあった。
蛍太郎は賊の数も知らない。アジトの規模も把握できていない。攻めるセオリーは勿論、潜入スキルも持っていない。
勿論剣での戦いも強くなど無い。
アジトを発見すると、周囲に数人の賊がウロウロしていた。賊を見ただけで、蛍太郎は恐怖に襲われた。皆、抜き身の剣や刀を持っている。アジトにいながら、常に武装をしている。
「勢い出来たのは良いけど、どうやって助け出したら良いんだ・・・・・・」
地面に伏せてアジトの様子を観察しながら、蛍太郎は呟く。
現実に引き戻された気がして、腰の剣を触ってみても、不安は消えない。
「落ち着け。俺だって、暗殺者と戦った事はあるんだ」
蛍太郎はそう言って、恐怖を抑え付けようとする。
「おい!てめぇ、誰だ?!」
不意に頭上から
蛍太郎は、とっくに野盗の見張りに発見されていたようだ。蛍太郎が身を潜めていた岩の上に、一人の野盗が刀を構えて立って蛍太郎を見下ろしていた。
「ッッッ!!」
蛍太郎は勢いよく立ち上がり、剣の柄に手を伸ばす。
「おいおい。いきなり動くなよ。危なく殺しちゃうところだったろうが」
野盗は呆れたように言う。事実、蛍太郎はすでに間合いの中にいたのだ。
だが、攻撃されなかったのは、蛍太郎が、暗がりでは子どもに見えたからなのだろう。
「で、お前は誰だ?」
まだ、男は油断している。
「そ、その・・・・・・」
何とか誤魔化しの言葉を探す。
だが、野盗はそこまでマヌケでは無かったし、油断しているわけでも無かった。
「まあ、ここを見たなら殺さなくっちゃいけないな」
ゆらりと刀の切っ先を蛍太郎に向ける。それだけでわかったが、男はいつでも蛍太郎を殺せる自信があったのだ。
一方で、蛍太郎は、柄に伸ばした手を、今も握る事が出来ない。
恐ろしいのだ。
向けられた刀も、殺意も。そして、自らが剣を抜く事も。
男が岩の上から飛び降りてくる。
確実に隙があったのだが、それに付け入る事も出来ない。
ガタガタと震え、歯もカチカチ鳴る。
「おいおい。そんなにビビるな。抵抗しなければ、優しく殺してやるから」
男が笑う。
恐怖から、蛍太郎は剣を抜いた。構えるが、手が震えるし、やたらと剣が重く感じる。
「何だよ、お前。ビビりすぎだろ!」
男が笑いながら、ヒョイッと足を踏み出してくると同時に刀を振るう。
「!!??」
完全に棒立ちになっていた蛍太郎の太ももが切り裂かれた。浅いながらも、灼けるような痛みと同時に血がにじみ出る。
痛みに悲鳴を上げそうになる。叫んだりしたら、他の野盗も集まってくる。
堪えるが涙が滲む。
男は弄ぶかのように、刀を振るってくる。
蛍太郎は必死になって剣で受ける。
恐ろしい。傷つくのも恐ろしいが、相手を傷つける事も、やはり恐ろしかった。
だが、今ここで殺される訳にはいかない。リザリエを救わなければいけないし、ルシオールも連れ戻さなければいけない。そもそも、死にたくない。
『俺は、どうやって暗殺者と戦ったんだ?!』
あの時は、ジーンと練習をした直後だったので、体が普段以上に動けていた。
それを抜きにしたとしたら、蛍太郎は暗殺者と戦っても勝ち目は無かっただろう。
だが、この男ならどうか?
よく見れば、動きは完全に素人である。人を襲ったり殺したりはしているのだろうが、一ヶ月とは言え、正規の軍人に剣の稽古をして貰ったし、ジーンとの練習も二回している。
単純な剣の腕なら、蛍太郎の方が上である。
そう思うと、ようやく恐怖が引いていく。
手の震えが納まる。
目が据わる。
『後は、俺の覚悟だけだ・・・・・・』
蛍太郎の様子の変化に、男も気付く。
男の顔から笑みが消えた。
こうなると、叫ばれる前に勝負を決めなければいけない。
心から動揺が去ると、無感情な静謐が訪れた。
ジーンとの訓練での動きがトレースされた。無駄なく、力みなく剣が進む。
相手の構える刀の先を軽くかすめて、滑るように剣は男ののどに突き立った。
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