第8話 あの夏 4

 そして、場面はあの夏休み。恐怖と憎悪の夏休みである。破壊と殺戮の夏休みである。

 天から伸びる黒い手の群れたち。深い地割れに落ちた後の化け物たちによる血の祭典。

 重傷を負い、身動きも出来ないまま化け物にむさぼられた森田。猿の化け物に攫われた夏帆と結衣。クラスメイトたちを逃がすために奮戦し、あえなく化け物に飲み込まれた川辺。

 小夜子は一念発起して、まじめな委員長から、大人びた女性を演じつつ、蛍太郎に告白して来た。

 しかし、その返事を聞く事も無いまま、無慈悲な化け物になぶり殺された。

 多田は、思いを寄せていた久恵をかばいつつ奮戦したが、巨大な化け物に追い詰められ、久恵に思いを打ち明けた後、二人抱き合ったまま、丸呑みされてしまった。

 

 そして、千鶴は、最後まで蛍太郎の名前を呼びながらジワリジワリと体中の血液を吸われていった末、多田と久恵を飲み込んだ巨大な化け物に飲み込まれてしまった。


 みんな死んでしまった。


 


 その、死んだ友人たちが今、蛍太郎の目の前にいる。

 足を失い、首をちぎられ、脇腹を食いあさられたままの姿で蛍太郎の目の前に立っていた。

 顔には生気無く、虚ろな目は、それでも憎悪の鈍い光が灯っている。


 そして、蛍太郎をにらむとゆっくりと近寄ってくる。

「なんでお前だけ生きてるんだ?」

 顔が半分溶けている多田が、蛍太郎に手を伸ばす。

「私たち怖かった。痛かった。苦しかった」

 両足を失った小夜子が肘で這いながら迫ってくる。

「お前のせいだ」

 首を失った美奈の声が、胴体だけの体から聞こえて来る。


 蛍太郎は身動きが出来ない。

 「違うんだ」とも「ごめん」とも頭には浮かばない。

 恐怖と憎悪。


 しかし、蛍太郎を混乱の極みに追い詰めて、自身のはらわたすらも引きちぎってやりたいほどの嫌悪感に襲われたのは、恐怖と憎悪の奥深くに、得も言われぬ性的な興奮を感じてしまった事にあった。


 次の瞬間、友人たちの後ろに光が差し、千鶴が現れた。

 赤い水着だが、上着と共に引き裂かれた部分が避け、小さな胸が顕わに見えていた。

 手を縛られ、釣り下げられている。

 見ると、千鶴の足下にはドリルのような化け物が、その体を開いて、まるで花びらのように体の内側を露出させていた。

 体のほとんどが口で構成されており、花びらの内側にはびっしりと細かい針のような牙が生えていた。ジュッジュッと、奇妙な音を立てながら千鶴を巻き込むようにその花びらを閉じていく。

「きゃあああああああっっ!!」

 千鶴が悲鳴を上げる。

 ゆっくり閉じられる花びらに生えている針のような牙が、足を飲み込んでいった。気付くと、友人たちの姿はなく、化け物と千鶴だけが目の前にいた。

 息が届くほどの距離に千鶴がいて、大きく口を開けて叫んでいる。

 蛍太郎は切実に助けたいと望みつつ、身動きできない事を言い訳にでもするかのように、その有様を凝視していた。

 確かにこみ上げる性的な興奮。

 自身の男性が起立していくのが分かる。

 目の前にある千鶴の体。さらけ出された小さな胸。


 あの時はそんな事は考えなかった。考えなかったはずだ。

 なのにどうしてこんなにおぞましい事で興奮するのか。

 目を逸らしたいと望みつつも、目を逸らす事が出来ない。したくない。


 花びらが閉じていく。

 千鶴の体が次第に隠されていく。

 牙が太ももに刺さる。

 なめらかな肌に針のような牙が、何の抵抗もなく埋まっていくのに、妙に興奮する。

 そしておぞましいまでの期待感が、蛍太郎の目をその部分に固定する。

 赤い水着に隠された千鶴の下腹部。

 刺さる。

 針が刺さっていく。

 千鶴の陰部にも当然針が刺さっていく。

 さらに花びらが閉じて、千鶴の下半身がすっかり見えなくなると、なんだか残念な気持ちになるのが度し難い。

 しかし、まだ楽しみが残っている。

 むき出しになった胸。

 小さく手のひらに収まるぐらいの胸。

 桃色の乳首。


 蛍太郎の興奮は最高潮となる。柔らかそうな胸に針が刺さる時は、さすがに抵抗無くとは行かず、針に押された部分が少し沈んでから刺さり、刺さるにつれて元の形に戻っていく。

 乳首の先にも針が刺さっていく瞬間が見えた。

 うっとりする。最早嫌悪感を感じたりする事も無く、ただ興奮するに任せて、その悪夢のような光景を楽しんで見ている自分がそこにいた。



 その時、首だけが外に出された千鶴が呻いた。

「山里君、助けて」

 突然、聞いた事もないような叫び声が響いた。

 甲高くも獣じみた悲鳴だった。悲鳴は長く尾を引いて続く。聞きようによっては笑っているようにすら聞こえた。

 本当に奇妙な悲鳴だった。

 そこでふと気が付いた。

 悲鳴を上げているのは自分だった・・・・・・。


 アア。オレハ、オカシクナッテシマッタノダロウカ・・・・・・。

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