第6話 魔導師の館 2

 公爵程の身分の者が、戦準備や陣頭に立つ事などは、グレンネックならずとも希少と言わざるを得ない。

 元来「爵位」や貴族の身分とは、国を支えたり、建国に貢献した者たちに与えられた称号であり、権威であるが、それ故に義務も大きくなるものである。

 しかし、国の歴史が長くなるにつれ、その義務は形骸化され、特権のみが肥大してゆくものである。

 グレンネックは建国二百四十年を越える大国である。貴族の持つ特権は限りなく肥大し腐敗し続けている。

 十五代になる王の中に名君もいて、それなりに中興を果たしているが、その成果もアインザークとの戦が長引いていく中で消えかけている。

 現在の王も、暗君ではないが保守的で独創性、決断力に欠け、実行力にも乏しく、優柔不断な政策により、国の中での不満は常に燻っている。

 何より老齢である。そうした不満が国内での領主同士の小競り合いの原因にもなっている。



「貴族様方は、赤と言えばワインの色しかご存じないのさ。ありがたい事に、そうしてウチから酒を仕入れてくださるんだよ。」

 女主人はさらに一杯のグラスをジーンに渡しながら言う。ジーンは二杯目となる酒をのどに流し込む。強い酒であるのだが、顔色一つ変えること無く飲み干してゆく。

 女主人が感心しながらその飲みっぷりに見とれる中、ジーンはここで手に入れられた情報を整理していく。



 

キエルアは間違いなくアズロイル公爵の私兵団と共に闇梟館イールエルドベルンに逗留しており、ルシオールの誘拐の成否を確認するであろう事。

 また、思いの外早く、アズロイル公爵家内での高い地位を獲得し、掌握し終えていると言う事。

 キエルアは慎重な男なので、兵士による警備のほか、魔法による警備もなされている事。

 しかし、グラーダ国にいた時は、ルシオールの反応を恐れて、どんな小さな魔法であっても、その影響が及ぶ範囲からルシオールを遠ざけてきていた。それ故に、今回もルシオールが入館した以上、魔法による警備はかなり解除された事だろう。

 その分、人による警備はより厳重となっているだろうが、魔法相手よりはチャンスがあるだろう。であれば、早いほうが良い。


 ジーンは、日が沈むとすぐに館に侵入する事と決め、さらに他愛のなさそうな会話を女主人と交わしつつ、巧みに情報を収集していった。



◇    ◇



 キエルアは、馬車の到着を知らされても、すぐにルシオールに会いには行かなかった。

 理由としては、やはりルシオールの存在が恐ろしかったのだ。

 ルシオールにとって、自分は取るに足らない存在であろうと言う事は、屈辱的ながら理解していた。

 それ故に自分の事など覚えていないだろうと思うが、確信は持てない。

 自分が蛍太郎を殺そうとした敵であると、しっかり理解していたとしたら、自分は殺されてしまうだろう。


 キエルアは、ルシオールを誘拐して軍事利用しようという野心と大胆さを持っている男であるが、充分に慎重でもあった。

 この場合の「慎重」さは「臆病」と同義語ではない。

 キエルアは、到着したルシオールが眠りにつくまで面会を待った。

 とは言え、それほど待つ必要は無かった。



 館に入り、客室に通されたルシオールは「ケータローがいない」と、まず一言発した。

「ケータロー様のいる館はこちらではございません。一度私たちのマスターとお会いくださり、その後にケータロー様のいらっしゃるお館まで参ります。・・・・・・またしばらく馬車の旅でございます」

 馬車から付き添ってきたメイドは、幼いルシオールを気遣わしげにそう答えた。


 馬車旅の行程は、これまでの道中でも何度かルシオールに説明していた。何度説明しても、ルシオールは関心なさそうに「そうか」と答えて、聞いているのかどうか分からない様子であった。

 同じ質問を繰り返すのだから、むしろ聞いていないと断言すべきだったが、メイドは何度も同じ説明をした。

 

 このメイドもぼんやりしているところがあり、同じ質問を何度されても特に気にする事もなく、むしろ新鮮な気持ちで答えているようなところがあった。

 

 一方で、馬車の中の他の誘拐実行犯たちは、ルシオールの質問が出る度に「またか」と、ややうんざりした様子を見せていた。

 そうは言っても、おかしな表現になるが、ルシオールは誘拐される子どもとしては優等生だった。

 「ケータローはどこだ?」という質問以外は、特に問題を起こすでもなく、毎回の食事とお菓子を少々食べれば、後はたいてい眠っているか、ぼんやりしているかだけである。

 世話はメイドが見るが、手がかかった様子もない。

 不思議な事はといえば、砂漠の民族衣装だったギダから、いつの間にか黒いドレスになっていた事で、それも、時々デザインが変わっていた。

 最初はメイドが用意した服かと思っていたのだが、そのメイドも「どうしたんでしょうか?」と、首を傾げていたので、雇い主がとにかく慎重に持て成さなければならない事を厳命していただけに、何らかの魔法であると思い、空恐ろしい気持ちになっていた。


 そんな訳で、ようやく目的の館に着いて、実行犯たちは安堵していた。

 ここから先は別の者が少女を運ぶ事になっている。



 ルシオールは久々の入浴施設に、すこし嬉しそうだった。メイドに連れられて入浴をした後、部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。

 これが誘拐であるとは知らないメイドは、馬車旅の間にルシオールに情が移ったようで、その類い希なる黄金の髪の毛を優しくなでた。

「本当に美しいお方・・・・・・。長い馬車旅だというのに、肌もくすまず、髪もつややかなまま。どんな事情でお一人だったのか分からないけれど、早くケータロー様に逢わせて差し上げたいわ」

 メイドは、しばらくルシオールの寝顔に見とれていたが、マスターであるキエルアの命令を思い出して、ルシオールの入眠をその弟子に報告しに行く。

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